「万能人」の働き方

こんにちはインターン生の野中です。

第二回はダヴィンチと同じ時代に生きた芸術家、ミケランジェロのお話をします。彼は同じ芸術家でありながら、ダヴィンチとはまた違った働き方をしています。

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ミケランジェロ『ダヴィデ像』や『システィーナ礼拝堂天井画』で有名な芸術家です。彼は彫刻、絵画、建築、で類い稀なる才能を発揮し「万能人」と呼ばれていました。

そんなミケランジェロを有名にしたのが当時フィレンツェで大きな力を持っていたメディチ家でした。メディチ家は銀行家の一族で極めて強い力を持っていました。メディチ家の当主ロレンツォ公は、早くも少年ミケランジェロの才能を見抜いて、病没する1492年まで自分の屋敷にミケランジェロはを寄宿させました。

メディチ家はその後彼に何度も多き仕事を依頼します。当時芸術家にはパトロンが付くのが普通でした。パトロンの依頼を受けて制作をし、材料や寝床も面倒を見てくれるのでした。メディチ家はパトロンの中でも最も影響力を持っていました。多くの芸術家を養っておりミケランジェロもその一人でした。

しかし、メディチ家が衰退し国外へ追いやられるとミケランジェロの仕事は激減します。国外へ逃亡したメディチ家からしか仕事がない状態が続きます。それをきっかけにローマへ移り住むと国内だけでなくフィレンツェ、ローマ、フランスとグローバルに仕事を展開します。その活躍ぶりはローマ教皇にも耳に入ります。このローマ教皇は『システィーナ礼拝堂天井絵』の制作を依頼します。しかし頼まれた本人は墓石の石彫をしたかったらしく、快く引き受けた訳ではなかったようです。しかし、ローマ教皇の依頼となると半ば強制的に仕事を引き受けなければなりませんでした。結局8年近くかかってようやく完成させました。

ミケランジェロは長命で88歳まで、現役で活躍し続けました。

ミケランジェロはダヴィンチと違い、メディチ家やローマ教皇などコネをに頼っていました。当時は誰かの庇護の下で働くことが普通でした。しかし晩年はあまりに仕事を引き受けすぎて、途中で仕事を断念しなくてはならなくなっています。また、ミケランジェロは贅沢に興味がなかったようで質素な暮らしを送っていたといいます。まさにワーカーホリックで、仕事に人生を捧げた人でした。

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