過去の賢者達 ロートレック編

どうもインターン生の坂本です。
今回はフランスの画家のアンリ・ド・トゥールーズ・ロートレックについて紹介したいと思います。

それでは簡単な来歴を紹介したいと思います。

ロートレックは1864年アルビで生まれました。ロートレックの家はフランスの名家であったそうです。
ロートレックが8歳の時両親の不仲により母親と共にパリに住むようになります。そこで彼は絵を描き始めます。その絵を見た母親はロートレックに才能があると思い父親の友人の画家に紹介しレッスンを受けるようになります。

しかし、13歳の時客間で転倒し左足の大腿骨を骨折。14歳に散歩中に中溝に落ち右足の大腿骨を骨折してしまいす。そのせいで成人しても胴体は正常だが脚は子供のままになり身長152cmに過ぎなかった。病気によりアルビに戻ったが、父親には疎まれ寂しい青春を送った。そのときロートレックは自分の存在意義を示す為絵に没頭したそうです。

1882年ロートレックはパリに出て画塾で絵を学びます。そして彼が24歳の時ブリュッセルの20人展に出展します。またその翌年にはロートレック展を開きました。
そして27歳「ムーラン・ルージュ」を制作します。その後制作と旅で多忙な日々を過ごすようになります。

1897年フロショ通りに新しいアトリエを構えました。その時からポスターの制作を辞めて、石版画に熱中するようになります。

しかし、このころからロートレックの飲酒が深くなっていきました。その後彼はアルコール中毒が原因で発作を起こします。彼を治療する為に彼の母親は彼を拉致し、精神病院に入れました。自分が正常であることをアピールし退院したいロートレックは、入院中記憶で「サーカス」を制作し見事退院します。

しかし、退院後再び飲酒をはじめ1901年ついに脳出血により死亡してしまった。
彼の最後の言葉は「馬鹿な年寄りめ」という父親へ対しての言葉だったそうです。

最後の言葉から考えるに、ロートレックは最後の最後まで父親に認めてもらいたかったのかなと思いました。

彼のように自分の存在意義を示す為や、父親に認めてもらうために一つのことに熱中して身体的ハンディーキャップなどを跳ね返すような気概は見習わなくてはならないなと思いました。

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