千葉の歴史人物

こんにちは、インターン生の細田です。
千葉県の紹介も第8回目となりました。
今回は千葉県の歴史人物について紹介させていただきます。

今回紹介する人物は、伊能忠敬です。
日本地図を描いたことで有名な伊能忠敬は、1745年に上総国山辺郡(現在の千葉県山武郡)で生まれました。
伊能忠敬の名になったのは、下総国香取郡(現在の千葉県香取市)にある酒造家の伊能家に婿入りしてからで、このとき忠敬は満17歳だったそうです。
伊能家の当主として商いを行った忠敬は36歳に名主となり、地位を上げていました。
50歳で隠居し、江戸に出て天文学や測量術等を学びはじめます。

地図作成のために測量を開始したのは1800年の事で、このときの忠敬は55歳でした。
伊能忠敬は陸路を徒歩渡り測量を行ったことで知られていますが、当時は船を使った移動も提案されていたそうです。
忠敬が陸路を選んだ理由は、船からの測量では子午線の長さが測れないことと、入り江などの正確な地形が描けないと判断したためだそうです。
測量の方法は導線法と交会法という当時一般的に使われていた方法で、忠敬の測量法は特別なことをしているわけではないとも言われたそうです。
しかし、忠敬の測量の特徴は天体観測などを用いて測量の誤差を無くすことであり、天体観測を測量に実行したのは忠敬が初めてとされています。
この地図を作る測量は10度行われました。
また、忠敬は地図が完成する前の1818年に74歳で亡くなりましたが、その死を隠し、高橋景保を中心として地図の制作が続行されました。
地図が完成したのは1821年であり、地図が上呈された3ヵ月後に伊能忠敬の喪が公表されました。

伊能忠敬の作った地図は現代の地図と比べてもほとんど違いがなく、離島の位置や輪郭までも正確に描かれています。

今回の紹介は以上とさせていただきます。
次回もまたよろしくお願いします。

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