謀神 毛利元就

インターン生の今野です。
第2回は毛利元就を紹介します。

引用元:https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%AF%9B%E5%88%A9%E5%85%83%E5%B0%B1

毛利元就は後に中国地方全域に勢力を伸ばす戦国大名になるのですが、はじまりは安芸(現在の広島県)の国人領主に過ぎませんでした。国人領主を説明すると長くなるため、ごく一部の地域を治めている領主と思ってもらって構いません。この頃、中国地方には西の大内家、東の尼子家の二大勢力が存在しました。元就が支配する地域は二大勢力の真ん中に位置しており、どちらかに属さなければ生き残るしか道はありませんでした。毛利家ははじめ、大内家に属していました。

1517年、大内家の主力が不在の間に大内家に属していた安芸武田家が離反し、毛利家の領内に3000の兵で侵攻します。対して毛利勢は援軍合わせて約1000の兵であったが、元就の活躍によりこれを撃退、総大将・武田元繁を討ち取る大戦果をあげます。この戦いは後世で「西国の桶狭間」と呼ばれるようになります。これを機に大内家の庇護を受けられなかった毛利家は大内家から離反、今度は尼子家に属します。

大内家が安芸武田家を攻めている隙に尼子家が大内家の鏡山城を攻めて起こった鏡山城の戦いでは、元就が大内方の副将を寝返らせ尼子軍を手引きさせることに成功し、一番の戦功を獲得。しかし、元就の知略を警戒した尼子家の当主・尼子経久は元就に恩賞も与えませんでした。それに家督相続争いも加ったこともあり、尼子家を見限った毛利家は再び大内家に属します。1540年、勢力を拡大しつつあるがいまだに貧弱な毛利家を討つべく尼子家が3万の兵で毛利家の本拠地である吉田郡山城に侵攻します。わずか3000の兵で籠城した元就は、陥落の危機にありましたが、大内義隆の援軍もあって勝利を収めると同時に、勢いに乗って安芸武田家を滅ぼすことに成功します。

1542年、今度は大内家が尼子家の本拠地である出雲(現在の島根県)の月山富田城を攻撃します。この戦いは毛利家も参戦しますが、大内家は大敗北を喫し、元就も命からがら逃げ帰ることになります。1551年、大内家の当主である大内義隆が家臣の陶晴賢に殺害し、大内家の実権を握る大事件が発生します。月山富田城の戦いで大内家を見限りつつあった元就はどさくさに紛れて安芸にある大内家の領土を奪取。これにより、大内家と毛利家は対立することとなります。1555年、陶晴賢率いる大軍が毛利家を討つべく出陣、厳島で戦いが起きます。これが元就の生涯でも最大の戦いである厳島の戦いです。毛利家の勢力は拡大しているとはいえ相手は強大な大内家。兵力は大内家が30000、毛利家が5000でした。しかし、元就の知略謀略、息子3人の活躍もあって陶晴賢の軍勢を散々に蹴散らし、さらには総大将である陶晴賢を討ち取ることに成功します。クーデターを起こしたとはいえ有力な武将であった陶晴賢を討ち取られた大内家は大きく衰退、その後勢いに乗った毛利家により大内家は滅ぼされます。

瞬く間に大国を有する戦国大名になった元就は1566年、尼子家の当主・尼子晴久の死に乗じて尼子領内に侵攻、尼子家も滅ぼすことに成功し中国地方の覇者となりました。台頭した毛利家であったが1571年に元就が死亡し、長男の毛利隆元も元就より先に死没しているため、毛利輝元が当主となる。毛利輝元は平凡な武将であり、織田信長が近畿地方を制圧し、対立しつつあった毛利家にとって元就の死は最悪のタイミングでした。領地こそ中国地方をほぼ手中に収めていたものの、信長に瀕死の状態まで追い詰められていた毛利家であったが本能寺の変まで耐えきります。その後、織田家の領地を乗っ取った豊臣秀吉に降伏し、豊臣政権下に組み込まれました。豊臣秀吉が死亡し、関ケ原の戦いが起きると西軍の総大将として参戦したが毛利輝元は関ケ原本戦に参戦せず、西軍は壊滅。毛利家の領地は現在の山口県あたりのみとなってしまいました。ここで成立した藩が幕末に薩摩藩と手を結び、江戸幕府を滅ぼした長州藩です。

元就のすごいところは、桶狭間並みの大逆転劇を何度も起こしているところです。孫子の言葉である「算多きは勝ち、算少なきは勝たず」を具現化したような人物です。
毛利元就を聞いたことがない人でも、「三本の矢」を知っている人は多いのではないでしょうか?
創作ではあるのですが、モデルとなった元就の子である隆元、元春、隆景もなかなか癖のある人たちなので、興味のある方は調べてみてください。
ちなみに「信長の野望」では知略が全武将中最高値である人物です。

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