越後の龍 上杉謙信

インターン生の今野です。

第6回は上杉謙信について紹介したいと思います。

引用数:https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%8A%E6%9D%89%E8%AC%99%E4%BF%A1

上杉謙信は越後(現在の新潟県)を治める長尾為景の末男として生まれます。なぜ長尾家なのかというと、関東出兵の際に、上杉家の家督と関東管領職を相続し、名を上杉性に改めたためである。本来、長尾家を継げる立場ではないのですが、家督を継いだ長男の晴景には信望が無かったため、家臣から押される形で晴景から家督を譲り受けました。

その後、武田信玄により信濃(現在の長野県)を追われた村上義清の要請で信濃に出兵、北条氏康により関東を追われた関東管領の上杉憲政や関東諸将の要請で関東に出兵するなど、利益を度外視した出兵を何度も行っていきます。特に関東に出兵した回数は生涯17回にもおよび、信濃に関しても武田信玄と川中島で5度戦いました。また、中央で勢力を拡大しつつあった織田信長の部隊とも加賀国(現在の石川県)の手取川で交戦します。相手は織田家の筆頭家臣である柴田勝家で織田軍4万、上杉2万で劣勢でしたが、これを撃破します。この手取川の戦いの翌年、上杉謙信は死亡しました。

「軍神」「越後の龍」「毘沙門天の化身」など様々な異名で知られる謙信は、武田信玄と並んで日本人によく知られていると思います。私が見た最初の上杉謙信は、大河ドラマ「風林火山」のGACKTさんであったため妖艶なイメージが定着しています。義理堅い武将として知られ、大義の無い侵攻はしなかったそうです。宿敵である武田信玄も後継者である武田勝頼に「何かあったら謙信を頼れ」と言ったそうです。何度も関東に出兵され、大損害を受けた北条氏康も「若い大将の手本にさせたい」と言ったそうです。

生涯戦績43勝2敗25引き分け。 本気で天下を望んだなら、戦国の世はどうなっていたのか気になるところです。

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