K温泉巨大ホテル廃墟群:概要

はじめましてとこんばんは、インターンの中村です。突然ですがこちらをご覧ください。

どうです?あまり衛生的ではない建物が目立ちますね。実はこの写真に写っている建物、全て廃墟なんです。一体何がどうなっているのでしょうか? どうしてこのような状態になってしまったのでしょうか?
その謎を解くカギは狂乱のバブル景気が握っています。

元々K温泉は関東圏にありながら大きな温泉地ではありませんでした、川沿いという立地の所為で源泉の多くが川底に沈んでしまっていたためです。その状況が変わったのが大正3年、上流に水力発電所が出来たことにより川の水位が低下してからです。これまで沈んでいた源泉が次々と発見され旅館が次第に増えていきました。これだけならば需要と供給が釣り合った中規模な温泉地として栄えたことでしょう。しかし皮肉なことに豊かな湯量と戦後の好景気がK温泉を狂わせます。
時は飛んで昭和30年、バブル期のレジャー、国内旅行ブームの真っ只中に、浅草から直通の特急が整備され東京から大量の観光客が押し寄せます。それに合わせて渓谷を切り開き鉄筋コンクリート製のホテルが乱立、元からあった宿は過剰な増築を行います。この時の主な客は団体旅行客、その中でも企業の慰安旅行が殆どだったといわれています。
順調だったのもここまで、バブルが弾けてからは衰退の道をたどることになります。まず主要な客である企業の慰安旅行自体が減少してしまいます。さらに温泉以外のレジャーの多様化、開発を融資していた地銀の破産、団体客を前提とした時代錯誤な価格設定や設備も追い打ちをかけます。客が電車と送迎バスを使わなくなり、マイカーで訪れるようになったのに駐車場を殆ど用意しなかった事も客足が遠のいた理由の一つだと言われています。驕れるものも久しからず、廃墟を通して諸行無常の精神が見えてきます。

長くなりましたのでまとめると、バブル期の過剰な開発のツケで写真のような状況になってしまったという事です。

現在K温泉は大量の廃墟を抱えながらも、施設のリニューアルや地元の地道な努力により徐々に客が戻りつつあり、ネット上での温泉地ランキングでも常にトップ10にランクインしています。そんな温泉地が負の遺産(マニアからすると桃源郷)である廃墟群とどう向き合っていくのか…は、また別の話でして話を戻します。
この廃墟はどこがどうなっているのかという事です。さっきの画像に手を加えてみました、ご覧ください。

あと右側にもう1軒あります、計4件です。
他にも中小の旅館を合わせればもっとありますが、主要なこれらを「K温泉廃墟四天王」と私は呼んでいます。
次回からはこの四天王を紹介していく予定です。乞うご期待下さい。

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