1990年代末から2000年代初頭

こんにちは。インターン生の堀米彬宏です。

第五回である今日は、1990年代末から2000年代初頭についてお話していこうと思います。

3Dグラフィックスの表現力が格段に上がり、
インターネットとの通信や5.1chサウンドにも限定的に対応し始めました。
メディアはDVD、もしくはDVDの技術を応用した独自規格のディスクが主流となっていきます。
この年代を最後にセガはハード販売から撤退し、入れ替わる形でマイクロソフトのXboxが参入します。
Xboxは日本国外市場において成功を収めてPS2に次ぐシェアを獲得しました、
しかし何故か日本では非常に不振でした。
何故なのか…と思う方は不人気、理由と調べると色々な記事が出ると思うのでそちらそ参考にしてください。
今回は触れません。
逆にNINTENDO64の後継機のGCは日本で一定の支持を得ましたが、日本国外では前ハードほどの人気を獲得できませんでした。

大手メーカーではゲームの大作主義・シリーズ物重視がより一層進み開発費の高騰が進みました。
大手メーカーやサードパーティーの統廃合も進行し、据置きゲーム市場は厳しい転換期を迎えます。
開発費の高騰に対しては、開発者側では従来から行われてきた開発ライブラリの整備だけでなく、
ゲームエンジンを利用した開発などの対策がとられました。
ハードウェア面ではGCのようにボトルネックを排除し扱いやすさを意識した設計を採用したり、
ドリームキャストとXboxのようにWindowsをOSに採用し
パソコンとほぼ同様の開発手法が使えることをアピールするゲーム機が現れました。
欧米ではパソコンや複数のゲーム機にタイトルを供給するマルチプラットフォーム作品が増え、当たり前になっていきました。

この年代はパソコンにおけるブロードバンドの普及期に当たり、
ネット対応が不十分な家庭用ゲーム機に先行して、パソコン用のオンラインゲームが充実しました。
中国や韓国などアジアの新興国においても自国製ゲームの普及が見られ始めますが、
据置型ゲームは多大な開発コストなどの参入障壁が大きかったことや、
アジア諸国における海賊版の横行のためコンテンツ販売では利益を得にくかったなどの理由から
課金制のパソコンオンラインゲームが開発の主流となっていき、これらの国の作品が海外に輸出されるのも多く見られ始めました。

余談というか自分が調べたり聞いたりした話の感想とまとめですが、
この時期はアーケードが家庭用機に性能、人気共に抜かされた時代という印象が自分は強い印象です。
しかし、意外に調べるとアーケードも格ゲーや3Dゲーで頑張るカプコンやセガ等の話がたくさん見られます。
対して家庭用機も現在でもよく聞くタイトルが並び始めるようになります。
例:真・三国無双、エースコンバット、アトリエシリーズ、アーマードコア、ペルソナ、DOA、グランツーリスモ
マリオパーティ、スマブラ、ぼくのなつやすみ、どうぶつの森、絶体絶命都市、キングダムハーツ等々
しかし、格ゲーや3Dブームに乗れなかった会社は次々と倒産し、2000年を区切りに格ゲーも売れなくなってしまっていたようです。
代わりに音ゲーやレースゲーム等、通信による戦績の管理や、遠くの人たちと対戦出来るゲームが流行りだしました。
自分はこの頃最もゲームに触れていた時期だとおもっています。通信によるゲームや顔を合わせてできるゲームが混在していた時期なので
顔を合わせて遊ぶ楽しみや通信で離れた人と遊べる興奮を今でも覚えています。調べていてすごく懐かしい気持ちになりました。

次回は、2000年代中盤から末にかけてお話ししていこうと思います。

参考url
ゲーム機 – Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B2%E3%83%BC%E3%83%A0%E6%A9%9F

ゲーム年表・歴史
http://www.geocities.jp/arcadon765/history.html

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