携帯機編Part1

こんにちは。インターン生の堀米彬宏です。

第八回である今日は、携帯機Part1,1970年代後半から1990年代前半についてお話していこうと思います。

チャンネルFやAtari 2600が出てゲーム機がブームになり始めた1979年、
アメリカの大手玩具メーカーであるミルトン・ブラッドリー社から
史上初のカートリッジ交換式携帯型ゲーム機Microvisionがリリースされました。
MicrovisionはCPUがカートリッジ側についているなど、後のゲーム機とはずいぶん変わっている仕様でした。
LCD画面が壊れやすいなど技術的な制約のため、商業的にほとんど成功せずに終わってしまいます。
その後、ROMカートリッジをハードに差し込む形式ではなく、
1ハードにつき1ゲームという形式の電子ゲームが登場しました。
当時の電子ゲームはモノクロLCDすら搭載できず、LED表示によるものが主でしたが、
マテルが1976年に世界初の携帯型電子ゲーム機となるMattel Auto Raceをリリースして以降、
各社から続々とLEDゲームが発売され、大きなブームとなりました。

1980年代に入るとLCDが安価になり、LCDを搭載した電子ゲームがブームとなります。
代表的な製品が、任天堂が1980年に発売したゲーム&ウオッチシリーズであり、
モノクロでシンプルなゲームが多数を占めていますが、非常に普及した。
ゲーム&ウオッチの一部機種では、後に据置機の主力インターフェイスへと発展する十字キーも
先行して採用されています。任天堂、バンダイ、トミー、タイガー・エレクトロニクスと言った
大手玩具メーカーの他にも多数のメーカーがさまざまな電子ゲームをリリースし、
アーケードの移植も盛んでした。1982年、本体に太陽電池を採用し、
電池が不要な初のゲーム機であるLCD SOLARPOWERシリーズをバンダイが発売しました。
1983年、2つのディスプレイを搭載し、3D表示を可能とした初の携帯型ゲーム機である
Tomytronic 3D(トミー3D立体グラフィックゲーム)シリーズをトミーが発売します。
1984年にはエポック社から、日本初のROMカートリッジ交換型の携帯型ゲーム機である
ゲームポケコンが発売されましたが、商業的にはまたしても失敗に終わってしまいます。

1980年代後半からは、ROMカートリッジ交換型の携帯型ゲーム機が実用的なスペックを獲得し、
多彩なゲームが楽しめるようになりました。
Atari Lynx、ゲームギアのスペックは1980年代前半の据置ハードとほぼ同等で、
PCエンジンGTは1987年発売のPCエンジンと互換性がありました。
モノクロ液晶を採用したゲームボーイは、
当時としては卓越した性能と画質を持つ他機種に大きく劣っていましたが、
当時の液晶技術は未熟で消費電力も大きく、
カラー液晶機種はさらに高価でバッテリー(単三乾電池)消費も激しかったなかで、
コンパクトで長時間駆動できるゲームボーイは携帯型ゲーム機で最も人気を集めました。
ゲームギアは日本では商業的に苦戦してしまいましたが、北米ではゲームボーイに対して善戦しました。
実用的な携帯型ゲーム機の登場によって電子ゲームのブームはこの世代で終了しました。
しかし、電子ゲームは販売されつづけて一定の市場を維持しており、
時にたまごっち(バンダイ・1997年)のような大ヒットとなるものもありました。

次回は携帯機Part2、1990年代中盤から2000年代末についてお話しできればなと思います。

参考url

ゲーム機 – Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B2%E3%83%BC%E3%83%A0%E6%A9%9F

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