個性豊かな踊り「色々な舞」

今日でインターンが最終日なので今回は舞を中心にいくつか紹介していきたいと思います

まずは浜田大山車の舞獅子です。

舞獅子と称しているのは、同じ南浜田から四日市祭に出る練り物の「富士の巻狩り」における、造り物の大イノシシと混同しないための地元の言い習わしです。

四日市祭には「おおやま」と呼ばれる巨大な山車が4輌あり、その上で獅子が舞った。口取りの鳥兜は舞楽の楽人が着用するものであり、囃子で使用する太鼓が長胴の鋲打太鼓という特色もあります。
 山車は戦災で焼失しましたが、その伝統は現在も引き継がれています。

浜田舞獅子

浜田舞獅子は浜田大山車で舞われたもので獅子とともに舞う口取りの装束や、大太鼓などが他の獅子舞と異なるのが特徴。また、太鼓は約二尺五寸径の宮太鼓を用いるのも特徴であり、これは大山車に吊り下げられていたことの名残である。

南浜田舞獅子

諏訪神社の祭礼・四日市祭に奉納され、延宝年間(1673~81)にすでに存在したのではないかと推測される。

浜田舞獅子と同様、かつて南・北浜田が隔年交替で曳いた大山車で舞われた。獅子の横で舞う口取りの冠が雅楽風であったり、大きな楽太鼓を用いたりするなど、華やかな都市祭礼の風流を思わせる。

祭の最後に町内の獅子宿で舞う「道化舞」は、獅子頭を神聖化する他の行事には見られない滑稽な舞で、都市祭礼の影響を受けたものとして貴重である。

この二つがおすすめであとはいくつか名前だけ載せておきます

市場町獅子舞

御館獅子舞

椿岸神社獅子舞

次は日永つんつく踊りです

日永つんつく踊りは日永地区に伝わる郷土色豊かな踊りです。その起源については、滝川一益の母の隠居所を実蓮寺境内に建築する地固め工事に歌った歌謡と動作を取り入れた踊りであるという伝承があり、もう一つは滝川一益が田畑を流失する農民の困窮を見て、天白川の堤防を築くための地固め、地つきに歌ったとする伝承です。なお、元和6年(1620)の「清水九朗左衛門手記」に「日永踊之事ツンツクノ事ハ此ノ町地タカメ浪切踊トテ帯ヲ手ニモチ扇ニ而踊浪入也」とあり、近世の初頭には現在のような「つんつく踊り」があったことがうかがわれます。踊りには3種類あって太鼓・笛などを用いた囃子と歌い手に合わせて、櫓を中心に二重三重に円陣を作って踊ります。司馬江漢の「西遊旅譚(さいゆうりょたん)」にも「つんつく踊り」が挿絵入りで紹介されています。

水沢お諏訪おどり

鈴鹿山麓には各所に大きな太鼓を首に抱えて踊る、太鼓踊りが伝承されています。

 四日市市水沢町の太鼓踊りはお諏訪おどりと呼ばれ、踊りながら跳躍する独特な動きが特徴です。

 現在のお諏訪おどりは1720年、干害に苦しむ水沢町の庄屋で瀬戸用水の完成に尽力した辻久善への「お礼踊り」として奉納したことに始まります。

お諏訪おどりの踊り子は、頭に花笠をかぶり首から大きな締め太鼓を下げて、円になって旋回しながら踊ります。周りには笛やほら貝や唄い手がつき、踊り子の勇壮なばちさばきを盛り立てます。

記事を読んで頂きありがとうございました。

四日市祭りよかったらいらしてください。

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