スピードスケートについて 選手編

皆さんこんにちは!MBAインターンシップ生の宮下です。

今回は日本のスピードスケート界で活躍した選手についてのお話をしたいと思います。

○橋本聖子

橋本聖子さんといえば自民党の国会議員として有名ですが、実は国会議員として有名になる前はオリンピックで活躍したこともあるスピードスケート選手だったのです。

橋本選手は北海道出身の選手で、お父さんの指導で3歳からスケートを始めたんだとか。
中学に上がる頃には既に有名な選手として活躍しており、中学3年の全日本選手権を制覇した後、高校に進み全日本スプリントや全日本選手権で優勝。
その後10年間にわたって全日本選手権を制覇したというとんでもない経歴の持ち主です。

(引用元:https://www.sanspo.com/sports/news/20140109/oth14010905000000-n1.html)

そんなパワフルな学生時代を持つ橋本選手ですが、実は何度か病気にかかっており、呼吸器系の病気を患ったときは生死をさまようほど重症に陥った経験もあるんだとか。
高校卒業後は絶叫マシンで有名な富士急のスケート部に所属し、オリンピックを目指して練習に励んでいたようです。

橋本選手は初めのうちは「オリンピックは1度出るだけで良い」と言っていたそうなのですが、入社1年目で初出場した1984年のサラエボオリンピックで味わった興奮が忘れられず、大会後の監督との会話で「もっと出たくなりました」と答えたそうです。

サラエボ大会が終わったあとの橋本選手は人が変わったように練習を重ね、1988年のカルガリーオリンピックでは500mから5000mまでの全5種目に出場。
その全種目で日本新記録を更新して8位以内の入賞を果たし、1992年アルベールビル五輪では1500mで銅メダルを獲得するという快挙を成しました。

(引用元:https://www.jiji.com/jc/pyeongchang2018?s=special&id=winterolymedalist0037)

短距離と中距離や中距離と長距離をこなす選手は居れど、短距離から長距離まで全てこなす選手は世界的に見てもとても珍しく、それに加えて全種目で日本新記録を出しているところがパワフルな橋本選手っぷりが出ていますね。

この橋本選手の活躍がきっかけとなり、富士急スケート部はさらに活躍して行くことになるのです。

といったところで今回の内容は以上になります。

次回も引き続きスピードスケートについて紹介して行きたいと思いますのでお見逃しなく!!

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