スピードスケートについて 選手編2

皆さんこんにちは!MBAインターンシップ生の宮下です。

今回は日本のスピードスケート界で活躍した清水宏保選手についてのお話をしたいと思います。

○清水宏保

清水宏保さんといえば今でもたまにスポーツ系の番組などで見かける元スピードスケート選手ですが一体どのような経歴を持っているのでしょうか。
早速見ていきましょう。

(引用元:https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%B8%85%E6%B0%B4%E5%AE%8F%E4%BF%9D)

清水選手は1974年、北海道の帯広市というところで生まれます。
4兄弟の末っ子で、喘息持ちのため小さい頃から体が弱かったそうですが、それを見かねたお父さんの指導のもと、3歳の時にスケートを始めたんだとか。

清水選手のお父さんは練習の最中は清水選手をただ「清水」とだけ呼び、厳しいトレーニングで指導していきますが、清水選手が高校2年の時胃ガンでこの世を去ります。
亡くなる数日前に行われた高校総体で、清水選手が1000メートルと1500メートルで優勝した際のビデオを何度も見返しながら旅立ったそうです。
清水選手はお通夜の日でも決して練習を休もうとせず、それがお父さんが喜ぶことだと信じて疑わずにトレーニングをし続けました。

○世界に冠たる時

そして時は流れ1993年、イタリアで行われたワールドカップにて当時まだ18歳の清水選手は初出場で初優勝をするという快挙を達成し、一気に世界中の注目を集めます。
その直後の世界スプリントでも総合3位に輝き、小柄なトップスケーターとしてどんどん活躍していくのです。

1994年のリレハンメルオリンピック、98年の長野オリンピック、2002年のソルトレークシティーオリンピック、2006年のトリノオリンピックと4大会連続で出場。
長野大会では日本人スピードスケート選手史上初となる金メダルを獲得するなど多くの偉業を成しました。

(引用元:https://www.joc.or.jp/photo/photo_detail.html?vol_id=2913&photo_no=photo1_1&mode=pc)

○引退後

清水選手は2010年に現役を引退しますが、引退後は実業家に転身、自身の生まれた地である北海道で高齢者向けのリハビリ施設や会員制のフィットネスジムの開設などで成功を納めつつ、テレビにコメンテーターとして出演したり、去年の平昌オリンピックでは解説者として活躍していました。

最近ではモータースポーツ選手としてもデビューしたそうで、再び『選手』となった清水宏保選手に注目ですね。

(引用元:https://www.toyota-mobi-tokyo.co.jp/gr_garage/racing-driver)

といったところで今回の内容は以上になります。

5回に渡りスピードスケートについて紹介してきましたがこれにて私の記事は最後になります。

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