14世紀の西洋の鎧について


みなさん、こんにちは。前回は14世紀の時代と鎧について説明しました。
今回は15世紀の時代と鎧の解説です。全身を覆う鎧が誕生し、騎士という立場がが衰退していった時代の話です。

1440年ごろに、フランス王シャルル7世が徴兵、徴税をすることで、規律や装備、給与が規格化された現代の軍隊に近い「勅令隊」が設立されました。この強力な部隊を背景に、百年戦争後のフランスはイタリアへの侵略を開始します。軍の新兵募集や構造に変化が起きました、たとえばイタリアでも外国人傭兵が軍の主力になりました。当時のイタリアに乱立していた小規模な商業国家にとって傭兵の利用が最も効率が良い方法だったため、この時代は初めて永続的な軍が出現した時代でありました。大飢饉や黒死病といった、飢饉と疫病によって人口が激減し、社会不安と地域的騒乱が出来し、都市や農村での民衆暴動や党派的抗争が頻発しました。また、火薬を導入した兵器も誕生し、包囲網の攻撃用に開発されたカノン砲は要塞の建築方法を変えるほどの影響を与えました。
 鎧に関しては、騎士の甲冑を貫通する強力な武器が誕生し、火器の登場を含めて騎士の衰退の大きい要因となっていきました。柄の長い白兵武器のハルバードは騎士を馬から引きずり下ろしました。さらに長い槍の槍衾(やりぶすま)も騎士の突進を阻止する武器として活用されました。しかし甲冑を作る職人のレベルが非常に高く、名工と呼ばれる職人が海外に進出するようになっていきました。

プレートアーマー
14世紀になって板金の使用がますます盛んになると同時に職人も現れるようになっていきました。バシネットも15世紀初めのころには板金製となり、さらに丸まった形になっていきました。重要箇所である首の周辺には板金が2重になり、個のような発展型をグレートバシネットと呼ばれていました。

ミラノ式甲冑・ゴシック式甲冑
15世紀後半にはイタリアのミラノで誕生したミラノ式甲冑とドイツで誕生したゴシック様式があります。基本構造はどちらも似ていますが見た目の印象は大きく異なります。とくにゴシック式は、装飾や模様が施されていきました。こうした鎧は完全オーダーメイドであることから非常に高価で、身につけられるのは上流階級に位置する貴族、騎士のみであり、一種のステータスシンボルでありました。しかし、のちの兵器の技術の発展によって厚みを減らして軽量化したプレートアーマーでは耐えられない事例が多発し、やがて騎兵そのものが時代遅れとなってしまいました。

今回はここまでです。次回は騎士と鎧が完全に衰退した、16世紀からの鎧と時代についての解説です。

参考文献:https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%AD%E4%B8%96%E5%BE%8C%E6%9C%9F
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%97%E3%83%AC%E3%83%BC%E3%83%88%E3%82%A2%E3%83%BC%E3%83%9E%E3%83%BC
渡辺信吾(2017)『西洋甲冑&武具 作画資料』玄光社出版

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