吸血器の宴 1/3

こんにちは。

MBAのインターンシップに参加させて頂いている、高橋樹と言います。

今回紹介いたしますのは、“吸血器の宴”という作品です。この作品は私がこれまで執筆してきた中では破格の文量を誇っており、その文字数はなんと二万五千字にも及びます。そのような作品であるため、この作品は三分割で公開・紹介させていただきたいと考えております。

誤字をお疑いになられた方もおられるかもしれませんが、この作品の題の漢字は吸血“鬼”ではなく吸血“器”となっています。これは物語の中核となる吸血鬼が、生物ではなく器物であるためです。

今作のジャンルも、前回紹介した“蚊相撲”同様現代を舞台としたファンタジー……伝奇モノとなっています。ただし、どこかほのぼのとした雰囲気を持っていた“蚊相撲”と異なり、“吸血鬼の宴”は殺伐とした作品になっています。これはこの作品のスタートが、戦闘に主眼を置いた作品を書きたい、という欲求であったためです。

吸血鬼、刀、少女といったベースモチーフの構成要素はアニメ“BLOOD+”の、吸血鬼にまつわる基本的な設定や世界観は、TRPG“ビーストバインド”シリーズや、“ヴァンパイア:ザ・マスカレード”の影響を強く受けています。

普通の少女、桧原楓が非日常の世界に足を踏み入れてしまい、謎の少女、朱雀院貴音との邂逅や楓の肉体への異変が、楓に何をもたらすのか……

興味のある方は是非、記事からご覧ください。

吸血鬼の宴 序

「ッ――!」

 夜の路地裏。光の差さない暗がりの中で、これまでの人生一度も味わったことのないような激痛が桧原(ひのはら)楓(かえで)の首筋から全身を貫いた。痛みと恐怖から絶叫を上げようとするが手で口を塞がれ、叫ぶどころか呼吸さえまともにできない。声が出ないのでは助けを呼ぶことができない。

 楓の首筋にはニット帽の男が噛みついていた。街を歩いていた時、突然この男に無理やり路地裏に連れ込まれ、壁に押さえつけられたのだ。

体を押さえている男を何とか引きはがそうともがくが男の力は強く、引きはがすことは不可能に思えた。

通りのほうを見やる。人通りがないというわけではないが、仮に声が出たとしても、男が楓の首筋に頭を沈めているのを見れば、ただのカップルのじゃれあいと勘違いされてしまう可能性もある。

(誰か……! 助けて……!)

強く目を閉じて痛みを堪えていた、その時だった。

「グアァ!」

 突然、男が口を離した。と思うと、楓の体を突き飛ばし、路地の奥へ逃げるように駆けた。

 「ゴホッ! ゴホッ、ゴホッ、グエグゥッ!」

 拘束から解放され、楓の体が自由になる。全身から力が抜けその場にしゃがみ込み、激しくせき込む。

 息が整いそれに伴って頭が平静になるにつれ首筋の痛みが主張を強めていく。手を触れてみるとどうやら出血しているようだった。しかし、楓はどうにも初めに感じた痛みよりも今の痛みは弱すぎると感じた。感覚が鈍ったのだろうか。

「なんなんだテメェ!」

男の発した叫びに楓は初めて周りに意識を向けられるようになり、男を見やる。暗がりの中ではあったが男の姿を見ることは難しいことではなかった。男の瞳は血がごとき紅に輝いていた。男は、獣のような表情で正面を睨み付けていた。その視線の先は、明らかに自分ではない。楓が男の視線をたどると——

 まず目についたのは、その手に握られた刀だった。血に塗れてなお、不気味な輝きを放ち、楓は見ているだけで自分が斬られたような気分になった。

 そして、その刀を持っていたのはいままで楓が見たこともないほど美しい少女だった。その長い黒髪はどんな闇よりも、暗く、深く、黒い高級ブランドと思しい服からはみ出た肌はどんな雪原よりも白く、儚かった。そして、少女はすべてを包み込む聖母のように、穏やかに微笑んでいた。

 少女は刀を男に向け、嘲るように男の問いに答える。

「通り魔、かな」

「フザケンナァァァァァ!」

 少女の言葉に男は激昂したようだった。表情はより一層険しくなり、瞳の赤い輝きも強くなる。

そして、その変貌に楓は己が目を疑った。男の体は突如パンプアップし、ネズミの頭をしたゴリラとでも言うべき異形の姿へと変貌したのである。

その非現実的な光景を見つめてなお少女は不敵に笑っていた。その表情は、獲物を前にした獰猛な肉食獣を思わせた。

「シネェェェェェ!」

怪物となった男は少女に飛び掛かる。それに対して、少女は刀を構える。

一瞬、光の線が煌めいたように見えた。

気が付くと怪人の肉体は、腰から上下に両断されていた。二つの肉塊は零れるように地面に落ちた。断面からはじわじわと血が広がっていた。

「やっぱりあまり大したことは無いか」

そう残念そうに言うと、少女は肉塊の浸っている血だまりに刀を突きたてた。すると、ゴキュ、ゴキュ、とまるで飲み物を嚥下するような音とともに血だまりが縮んでいった。それは、刀が血を飲んでいるとしか言いようのない光景だった。

「う、うーん……」

 もはや楓は限界だった。一瞬眩暈がしたと思うと、楓の視界は真っ暗になり、そのまま意識を失った。

「う……あれ……?」

「あ、起きた?」

 横から聞こえた声に反応して楓は飛び起きる。この声は紛れもなくあの刀を持った少女の声だ。声の聞こえた方を確認すると、テーブル越しにあの少女が紅茶を飲んでいた。

「マスター。この子にコーヒー1杯」

 少女が声を張り上げる。周りを見回すと、ここはバーのようだった。どうやら楓はここのソファの席に寝かせられていたらしい。店は閉まっているのか照明はあまりついておらず、客の姿はなかった。ここにいる人間は楓と、少女と、少女が声をかけた店員と思しき壮年の男性の3人だけだった。

「あ、あの……ここは一体?」

「ここは私の馴染みのお店で、“Bat Box”っていうバーだよ。まあ、私は喫茶店代わりに利用してるけど。あなたが倒れた場所と近かったから、マスターに頼んで場所を貸してもらったの」

「えっと、その、ご迷惑をおかけしたようで……」

 コーヒーを運んできた壮年の男性——“マスター”に楓は頭を下げる。マスターは無言でコーヒーを楓の前に置くと、気にするなというように楓を手で制した。

「大丈夫。どうせここはあまり客が来なくても問題ないし、こうやってお店を貸すのもしょっちゅうだから」

「あ、はあ。そうですか……」

 しばらく沈黙が流れる。楓は混乱していた。なぜだか今の状況に現実感がわかない。意識を失うまでの記憶は夢か何かだったのだろうか。確かに突然怪物に姿を変えられる男に襲われて、そこを刀を持った少女に助けてもらったというのはそれこそ夢としか言いようのない出来事だ。しかし、そこに強いリアリティーがあったことも事実だ。現に楓の首筋を襲った痛みは——

 そこまで考えて楓は今痛みを感じないことに思い至り首筋に手を触れる。そこに傷は無かった。男に食い破られるのではないかと思うほどの力で噛みつかれたのだ、何の傷も残らないわけがない。やはりあの光景は夢だったのだ。そうだ、そうに違いない。ほのかな違和感を胸に抱きながらも、楓は自分に言い聞かせるように納得した。

 そんな楓を少女は目を細めて見つめている。

「あ、あの、助けていただいてありがとうございます。私、桧原楓と言います。この度はなんとお礼を申し上げればよいか……」

「いいよいいよ。たまたま目についただけだから。私は朱雀院(すざくいん)貴音(たかね)。桧原さんは見たところ学生みたいだけど今いくつなの?」

「あ、私は十六で、今高校二年生です」

「ああ。じゃあ私と同じだね」

「あ、同じだったんですか」

 少女――貴音の年齢に楓は少なからず動揺した。 貴音はどうにも見ただけではその年齢を判別しがたいのだ。 整った顔立ちは大人の成熟さを感じさせるが、 立ち居振る舞いはまるで気まぐれな子供のようだ。そんな彼女が同じ年齢というのはなんとなく意外な気がしたのだ。

「それで、桧原さんはどうしてこんな時間にあんなところにいたの? 見たところ遊んでいるようには見えないし」

 その発言を聞いて楓は急いであることを確認しなければならないと反射的に思い至り、携帯を取り出してSNSアプリを起動した。しかし、そこに楓の期待する人物の連絡はなく、家族からの安否確認が大量に届いているだけだった。

 画面から顔を上げると、貴音と目が合った。相手が話している最中に突然携帯を取り出したにも関わらず全く気にしていないようで、優しく微笑んでいる。助けてくれた恩人であるのだし、彼女は信用できそうだと感じた。

「その、友達に呼び出されたんです。学校が終わったら、誰にも言わずに来てほしいって。その子……黒田(くろだ)沙也(さや)って言うんですけど、先週からずっと学校に来てなくて……私心配して、それで……」

「ふーん……それで、その子から連絡はあったの?」

「いえ……どうしよう、さすがに今から行ってももういないかな……」

「……そうだね。桧原さんを拾ってからもう三時間くらい経ってるし、今日はもう遅いから行かないで帰った方がいいと思うよ。ご家族も心配してるだろうしね」

「そ、そうですか。そうですよね。じゃあ、もう大丈夫なので帰ります。いろいろと、ありがとうございました。」

 楓はSNSで沙也には行けなかったという事と連絡を乞う旨を書き込み、家族に対してこれから帰るという事を伝えた。沙也の方に反応は無かったが、家族は今まで見たこともないような速さで帰ってくるよう返答してきた。

 席を立って荷物を持とうとした楓に、貴音は一枚のメモを差し出した。

「これ、私の連絡先。何か困ったことがあったら、いつでも言っていいよ。たぶん、力になれると思うから」

「あ、ありがとうございます。それじゃあ!」

 メモを受け取ると楓は慌ただしく店を出た。それを視線で見送ると、後に残された貴音は紅茶を一口すすり、楓のいた名残であるコーヒーをしばらく不気味に微笑みながら見つめていた。

 帰り道で、楓はSNSの沙也の欄を見ながら彼女の事を考えていた。

 黒田沙也は楓の小学校低学年からの友人だ。十年程度の付き合いがある。出会いはあまり覚えていないが、仲良くなるきっかけは席替えで隣の席になったことだった。いろいろと話があった二人は仲が深まり、互いに相手が志望することが同じ高校に入る強い動機になる程の友人となった。楓にとっては、親友と言って差し支えない。実際、お互いの最も仲の良い友人はお互いだという自信が楓にはあった。

 高校に入ってからは、二人の距離は少し離れることとなった。沙也は先輩に誘われて夜遊びを覚え、それに慣れていったが楓は抵抗感を拭いきれず、入学以来同じクラスになったことがないことも相まって楓が沙也と接触する機会は減ったのだ。しかし、それで弾に二人で遊びに出かけたり、勉強会をする機会があったりと、交流が失われたわけではなかった。

 しかし一週間ほど前、突然沙也が失踪した。いつものように夜遊びをしている最中に、突然行方知れずになったという。これまで沙也は学校を無断欠席することは無かったが、周囲の人間からはそれをやったところであまりおかしくはない人物としてカテゴライズしていたようで、誰も彼女の行方を知らないことが発覚したのはなんと沙也が学校に来なくなって三日だった。楓自身も、学校に来ていないことは知っていたが体調不良か何かだろうと考え当初はあまり深刻に捉えていなかった。そして彼女が学校に来なくなって一週間。周囲がすっかり喪失した沙也への心配を楓が抱き続けていると、放課後に突然沙也から学校が終わったらまっすぐ指定した場所まで来てほしいと連絡があったのだ。

 楓はそれを確認すると一目散に待ち合わせ場所へ向かったが、途中で意識を失ってしまったのだ。

 楓が待ち合わせ場所に訪れず、その旨をSNSで発言したにもかかわらず沙也からの連絡はない。沙也がいなくなった時のように、また不気味な沈黙が流されるだけだ。今沙也はどうしているのだろう。そんなことを考えながら、楓は帰途についていた。

「暑い……」

 翌日。楓は朝起きてからというもの異様な倦怠感に包まれていた。最初は昨夜帰りが遅くなったことで就寝時刻が遅くなったことに起因する寝不足かと思ったが、どうにもおかしい。日光が非常に強力に感じるのだ。その強さときたら真夏の猛暑すら生ぬるいと言えるほどだ。昨日までは五月としては過ごしやすい涼しい気候であったはずなのに。しかし、それは楓の体感にすぎないようで、テレビの気象情報も、周囲の人間の態度も、明らかに昨日と変わらぬ気候を示していた。

 これはいったいどういうことなのだろうか。朝に弱く、日光に弱いなどまるで――

 そこまで考えて楓は思考を呑み込む。そんなことがある訳がないと。

 しかしそんな楓の疲労は体育の授業でピークに達した。太陽の光に晒されたグラウンドでの活動は今の楓にとっては幾千の矢に射られている様なものだ。発汗が止まらず、呼吸が荒くなる。とうとう限界を感じて楓は保健室へと転がり込んだ。保健室の養護教諭も楓の様子がおかしいことを一目で理解し、簡単な処置をしてすぐさまベッドに寝かせた。保健室の電灯から隠れるように、楓は毛布をかぶってうずくまる。それだけで、なんだか体調がよくなったような気がしたが、それを感じることで楓の内心は体調とは逆に冷えていった。

 養護教諭は風邪だと判断したようで、楓に早退の確認を取った。楓はすぐさまそれに了解し、養護教諭は楓の早退の準備のために保健室を出て行った。

 しかし、他ならぬ楓自身にはわかっている。これは風邪などではない。そんな尺度では測れない、得体の知れない何かだ。名状しがたい恐怖におびえながらベッドの中で震えていると、ふと昨夜貴音に渡されたメモのことを思い出した。彼女なら、何か知っているかもしれない。力になってくれるかもしれない。楓はそう確信した。

 しかし、なぜか彼女がこの事態を打開することを期待すればするほど、今感じている恐怖とは別の不安が楓の心の底から沸き上がり続けるのだった。

 楓の連絡に対する貴音の対応は実に迅速で、待ち構えていたのではと思わせるほどだった。とにかく会って話をすることが必要だということで二人はBat Boxで待ち合わせることとなった。陽射しに照り付けられる中、楓は建物の日陰を転々としながらなんとかBat Boxにたどり着いた。店の扉には閉店の看板が掛けられていたが、どうやらすでにマスターに話は行き届いているようで店の中に入ると同時にマスターは無言で奥の個室へと案内した。薄暗く、気味の悪い部屋ではあったが、陽の光をできるだけ浴びたくない楓としては非常に好都合であり、そこでマスターの入れたコーヒーを飲みながら待つことにした。

 貴音はそれからほどなくして姿を現した。どうやら彼女も学校帰りらしく、高価そうなあまり見ない制服姿で、剣道の竹刀のケースを肩にかけていた。

「朱雀院さん! あのっ、私ッ!」

「うん。まずは落ち着いて。ゆっくりと自分の身に起こったことを整理しようか」

 楓は朝からのことを包み隠さず、丁寧に説明をした、貴音は終始笑顔を崩さず、時折質問をはさみながら静かに楓の話を聞いていた。

 やがて楓の話を聞き終えた貴音は少し思案した後、満を持して口を開いた。

「桧原さん、あなたは吸血鬼になったみたいだね」

「……え?」

 思考が停止する。体が芯から凍り付くような感覚がした。

「何を、言ってるんですか?吸血鬼なんて、そんな――」

「昨日噛まれたでしょ? ほら、よく言うじゃない。吸血鬼に噛まれた人も吸血鬼になるって。あれだよ」

 突然、昨日の記憶が揺り戻される。夢だと思っていた、夢だと思いたかった記憶。

「いや、だって、その、あれは夢で――」

「ああ、夢だと思ってたの? まあそう思いたくもなるか。でも、現実なんだよね」

 駄目だ。駄目だ。ダメだ。だめだだめだだめだ。聞いてはいけない。キヅイテハイケナイ。

「そんな、そんな、そんなの——」

「ああ。じゃあ、夢じゃない証拠を見せようか」

 そう言うと、貴音は楓に向かって左腕を突き出した。白く、長く、細く、美しい腕。その腕に貴音はいつの間にか右手に握っていた短刀で傷をつけた。白い肌が裂け、そこから血があふれ出てテーブルに零れていく。卓上には瞬く間に血の池ができた。

「! 何を――」

 しているんですか。そう続けようとしたとき、楓は貴音が手にしたものを見て言葉を失った。貴音は竹刀のケースから一振りの刀を取り出した。その透明にすら見えてしまう刃の美しさは、まぎれもなく昨日のものと同一だ。

 貴音は刀をトンとテーブルに乗せ、血の池に突き立てた。すると、ジュルルとストローで飲み物をすするような音とともに、血だまりは瞬く間に刀に吸い込まれて跡形もなく消えてしまった。

「これで信じてもらえたかな?実は私も吸血鬼なんだよね。厳密には私がじゃなくてこれがだけど」

 貴音は愛おしむ様に刀を撫でながら言う。

「吸血器とでも言おうかな? この刀——“血吸(ちすい)”って銘なんだけど、これは生き血をすする妖刀で、私はこれと契約して振るうための器になってるの。それで私の体は人間を逸脱しちゃってるの。まあ私の場合はいろいろ便利だからこの状態は気に入ってるけど」

 貴音は唖然とする楓をよそにつらつらと自身についての説明をする。そのほとんどは楓の頭に入らなかったが、唯一つハッキリしていることがある。吸血鬼が実在し、昨日の記憶も現実であった以上、自分もまた吸血鬼と化したという事実を認めざるを得ないことだ。

「私……本当に吸血鬼になっちゃんですか……?」

「ま、そうだろうね。……少し解せないところもあるけど。」

「え?」

「吸血鬼にもね、いろいろ種類があるの。私はこの刀に依存した存在だから特別だけど、大方の吸血鬼は血族に分別できるの。」

「血族、ですか?」

「そ。まあこの血族もそりゃもう数えきれないくらいあるんだけど、昨日桧原さんを襲ったのはペスト血族の吸血鬼だね。噛みついてエキスを注入することで自分と同じ血族の吸血鬼に変えられるの」

「じゃあ、私もそのペスト? 血族なんですか?」

「うん、そこなんだけどペスト血族は本来日の光が致命的なまでに苦手なんだよね。それこそステレオタイプな吸血鬼よろしく直射日光なんて浴びたら一瞬で灰になっちゃうの」

「あれ? でも私は今日、日の光を浴びてもそこまでは……」

「……私も吸血鬼の事にはあまり詳しくないからあくまでも推測なんだけど、昨日私は桧原さんが噛みつかれている最中に、私が攻撃して邪魔したじゃない? それで人間から吸血鬼への変化が中途半端になってしまったんじゃないかなって思うんだ」

「じゃあ、私は今、半分だけ吸血鬼ってことなんですか?」

「たぶんそうだろうね。今度しっかりと調べてみるけど」

「私……これからどうすればいいんですか?」

 それが、楓が今一番知りたいこと。もっとも重要なことだ。楓のその問いに、貴音は少し思案してから答える。

「それは、私が決める事じゃないかな。たた、選ばなくちゃいけない選択肢を提示することはできる」

「選択肢……?」

「うん。人間のフリをして日常を謳歌するか。化物のフリをして日常を捨てるかだよ」

「!」

 残酷な選択肢。昨日まではただの少女だったはずの楓に唐突に突き付けられたそれに、楓はただ俯いていることしかできなかった。

「どのみち今は考える時間が必要かな。これを渡しておくよ」

 そう言うと、貴音は楓にお守りのようなものを差し出した。それには、漢字のように見えなくもない奇妙な文字のようなものが書いてあった。

「それは日除けの護符でね。私も使ってるんだけど、ある程度なら日光の影響を押さえて活動できるの。陽の光を浴びただけで死んじゃうような種族なら効果は無いけど、今の桧原さんならたぶん大丈夫かな」

「……ありがとうございます」

 楓は半信半疑で護符を受け取る。こんなものを持っているだけで本当に日光の影響が和らぐのだろうか。もっとも非現実性について考えるのは自分が吸血鬼になっている以上野暮な話なのだろうが。そんなことを考えていると、携帯が振動をした。何の通知だろうかと気になり、楓はこっそり画面を覗き見た。

「えっ⁉」

 思わず声が出た。携帯の画面が告げたのは現在行方不明となっている楓の友人の沙也からの連絡の通知だったのである。突然の事に貴音が訝しげに楓を見る。

「す、すみません、ちょっと待ってください」

 楓はSNSアプリを起動し、連絡の内容を確認する。

「あの、昨日の話、覚えてますか? 私が街に出た理由」

「ああ……お友達から連絡でも来たの?」

「はい。といっても内容は大体昨日と同じで、指定する場所に来てほしいってことです。ただ、今回は夜にきて欲しいって書いてますけど」

「それで、桧原さんは行くつもりなの?」

「はい。大事な友達の頼みですから」

 沙也から連絡が来たことで、楓の心境は表面上落ち着いた。楓は自覚していないが、それは、一種の逃避と言えるものだ。自分の身の振り方を先送りにし、沙也の件に注力することで一旦考える事を放棄しているのだ。

「それじゃあ、今日はお世話になりました。また今度、いろいろとお話ししましょう」

「うん。またね、桧原さん」

 楓は身支度を済ませると、足早に店を出ていった。

「マスター。今日は上から帰ってもいい?」

 楓が店を出てしばらくして、片付けのために席に近づいたマスターに、貴音はそんな質問をした。マスターは無言の首肯で答えると、ポケットから一つの鍵を取り出し、貴音に手渡す。

「ありがとう。鍵はまた明日返すよ。はい、お勘定」

 貴音はマスターに料金を支払うと、指で鍵を回しながら鼻歌交じりに屋上へと向かった。顔に、嗜虐的な微笑みを浮かべながら。

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