吸血器の宴 2/3
こんにちは。
MBAのインターンシップに参加させていただいている、高橋樹と申します。
今回は、前回に続けて“吸血器の宴”について紹介させていただきます。
今回の紹介分より、本格的な戦闘パートが始まります。尤も、本格的とは言いましても基本的に貴音の無双ではありますが。戦闘シーンの執筆にあたり、手持ちの小説における戦闘シーン、特に刀を用いた戦闘がある作品を読み返しました。特に参考にしたのは、ナイトウィザードのノベルにおける、安堂来栖の戦闘シーンです。同作品も現代を舞台にしたファンタジー作品であり、そんな舞台における正統派剣術を使う戦闘シーンとして、該当シーンを大いに参考にさせていただきました。
今回は貴音のバックボーンにもフォーカスが当たります。当初は単純な戦闘狂にするつもりでしたが、ドラマ面を盛り上げるためと、彼女の狂気にある程度のルーツを持たせたいと思い設定しました。悪人に事情があると物語が白けてしまう、という話はよく聞きますが、作り手の側になってみると実際、悪人には事情を作りたくなってしまうものだという事を身にしみて感じました。
また、今回公開の部分からという点では登場人物である黒田沙也と首長の登場が重要です。
首長は本作品の戦闘におけるボスとして設定したキャラクターで、コンセプトとしては、“老獪な鼠(もはやネズミではない)”というものになります。沙也についてですが、彼女は主人公である楓にとってある意味この物語の元凶にあたるポジションであり、楓とは違った方向性で“非日常に巻き込まれた等身大の少女”を描いています。“楓より汚く”ということで損な役回り・描き方をされているキャラクターです。
妖刀を携えた少女による、吸血鬼を相手にしての圧倒的な大立ち回り。
興味のある方は是非、記事からご覧ください。
吸血器の宴 破
その日の深夜。楓は家族が寝静まったのを見計らい、部屋の窓からこっそり外に抜け出した。楓の部屋は二階にあったが、窓から跳躍することで難なく家の前の道路に着地することができた。驚異的な身体能力にほんの少し感心するが、内心の殆どは自分が本当に怪物になってしまったという空しい実感に占められていた。しかし感傷に浸っている場合ではない。気を取り直し楓は夜の街へ駆け出した。
半端物とはいえ吸血鬼の身体能力は非常に優れたもので、普段なら通れないような道のりを無理やりショートカットすることで本来ならば倍以上かかる移動時間が圧倒的に短縮された。駿馬のごとき疾走、空を駆けるがごとき跳躍、そして底が見えない体力……楓は不思議な高揚感に包まれた。一瞬ではあるが、この万能感が維持できるのであれば、怪物のままでもいいかとさえ思ってしまった。
結局、沙也との待ち合わせ場所には楓が思っていたよりも早く辿り着いた。沙也はまだ来ていないようで、周囲に人の気配は一切ない。沙也に連絡を入れようと楓が携帯の電源を入れたその時――
ガンッと鈍い衝撃が楓の後頭部に炸裂した。何が起こったのかを認識する間もなく、楓の意識は遠のいていく。薄れゆく視界の中で見えたのは、いつの間にか傍に立っていた数人の人間の足だった。
「う、うーん……?」
楓は気が付くと、そこはビルの中と思しいコンクリートでおおわれた一室だった。体を動かそうとするが、動かない。見ると楓の体は椅子に座らされた上で、ロープで縛りつけられ拘束されていた。
「おはよう、楓ちゃん。……この挨拶を使うの、なんだか今は変な気分だな」
拘束から抜け出そうと楓が体を動かしていると、声が掛けられる。その声は、まぎれもなく楓が探している少女の声……
「沙也っ⁉」
部屋の出入り口に、楓の友人である黒田沙也が立っていた。しかしその雰囲気は楓の知るそれとは少しばかり異なっており、元々彼女は身なりには気を使う方だったが、服装は薄汚れた学生服と普段の彼女からは考えられない格好であり、セミロングの髪も手入れをしていないのか荒れ乱れていた。そしてその表情は楓が今まで見たこともないほど沈痛であり、肌の色は死人のように青白かった。
「沙也……⁉いままでどうしてたの?心配したんだよ⁉」
沙也の変貌に目を背けるように楓は問いただす。しかしそれは沙也から見てあまりに露骨だったのか、沙也は顔を不快そうにしかめる。
「いいよもうそういうのは。気付いてるんでしょ?私はもう人間じゃないの。吸血鬼になったんだ」
沙也の告白に思わず楓の息が止まる。楓が衝撃を受けているさまを見るのが心地良いのか、沙也は少し表情を緩めて話し始める。
「一週間くらい前だったかな。夜、町で遊んでたら吸血鬼に襲われて、私も吸血鬼になったの。最初は戸惑ったけど、結構この体便利だからね。今じゃ吸血鬼じゃないなんて考えられないよ」
一週間前。つまり沙也が学校に来なくなった時と同時期だ。その時からすでに彼女は吸血鬼がらみの騒動に巻き込まれていたのかと思う一方で、楓は一つの不安な予感を抱えていた。
「なんで……私を呼んだの?」
「仲間を増やすためだよ。私の仲間たちがね、いっぱい仲間が必要だって言うの。だから適当な知り合いを呼び出して、みんな私たちの仲間に変えるんだ」
「そのために……私を?」
仲間を増やすため。そのために彼女は売ったのだ。友人を。
「ごめんね。でも……楓は何か違うよね?」
ずいと沙也は顔を近づけ、覗き込むように楓を見つめる。その瞳に生気だとか活力だとかそういったものは感じない。そこにあるのは、負の感情という輪郭に覆われた虚無だった。
「その少女かね。沙也」
出入り口から、しゃがれた声が聞こえた。沙也が横にひざまずき、声の主の姿が見えるようになる。
そこにいたのは老人だった。汚れたローブのような衣服を身にまとい、埃の張り付いた髭や髪は床につかんばかりに伸びていた。かすかに見えるその細い目には知性の光が感じられ、どこか安心感を覚えさせる優しさがあった。総じて、ファンタジー作品に登場する魔法使いといった印象を楓に抱かせた。
「はい。首長様」
「どれ……」
老人が先程の沙也がしたように楓の顔を覗き込む。彼はそこからさらに検診のように楓の顔を触ったり、目を観察したりした。老人がすぐ傍に来たことで楓は認識できたが、コロンの匂いでごまかしているようだが老人の体はひどい悪臭を放っていた。コロンと老人の体臭の相反する二つの香りは楓の嗅覚を強く刺激し、思わず楓は顔をしかめてせき込んだ。
「……ほう。確かにこれはハンパモノだ。こんな結果を見るのは初めてだが、実に興味深い」
「あなたは一体……?」
老人は匂いを気にしたそぶりを見せた楓を気遣ったのか少し距離を置く。
「儂に名は無い。皆からは首長と呼ばれておる。キミたち人類が吸血鬼と呼ぶ存在の一集団を率いておるよ。」
「ペスト血族……?」
貴音によりもたらされた知識と結びつけ、思わず言葉が楓の口から漏れ出る。それを耳にした首長は大きな驚きを顔に出す。
「ほう。思っていたよりも君は事情を正しく認識しているようだね……少しばかり話を聞かせてもらえるかね?」
少し逡巡したが、楓は素直に話すことにした。今のところ彼らは自分に危害を加えるつもりは無いようであったし、話したところで生じる楓に対する不利益に思い至らなかったからである。
昨夜の顛末、貴音の事、学校の事……楓は洗いざらいを話した。
首長は貴音の事を話している間だけ少し表情を硬くしていたが、それ以外の話の時は穏やかな表情をしていた。同じ部屋に居合わせている沙也も楓の話を聞いていたが、当初は無表情だったが楓が学校に行った話をし出すと途端に楓を睨み付けるような顔に変化した。
「——そうか。蓮は死んだか。少し乱暴なところはあったが、根はいい子だった。」
楓が話し終わると、首長はそう言って目を潤ませて天を仰いだ。恐らく、昨日楓を襲った吸血鬼の名が蓮なのだろう。楓は彼に対して同情のような感情を抱くつもりは全くなかったが、さすがに目の前で死を悲しまれると少しばかり胸がチクリと痛んだ。
「首長様。楓に日光の影響が無かったのはどういうことなのでしょうか」
ふと、黙って話を聞いているだけだった沙也が発言をした。首長は沙也の方に向き直って返答をする。
「貴音という少女の推察通りだろう。我々のエキスが中途半端に注入され、作用したばかりに彼女は我らの血族の特性を不完全な状態で発現させることとなったのだ。恐らく彼女は身体能力においては我々に劣るが、日光に対する反応が我らよりもはるかに軽くなったのだ。」
「そんなことが起こりうるのですか?」
「私は聞いたことがないが、考えられないことではない。恐らくエキスがもっと少量であれば彼女は人間のままであっただろうし、もっと多ければ完全な吸血鬼と成り得ただろう。しかし、彼女が置かれたのは前例のない、半覚醒する環境だったのだ」
「彼女を今からでも完全な吸血鬼に変えられないのですか?」
沙也の問いに、首長はしばし考える。
「……いや、無理だろう。見たところ彼女の因子は今の状態で定着している。恐らく、彼女は我々の手ではこの状態から変化させることは不可能だろう。」
「そう……ですか」
首長の考えを聞いた沙也は、かすかにだが舌を打ちかける。そこには楓を仲間にできない悲しさなどない。怒り……嫉妬の感情があった。
「とにかく、君の今後の身の振り方については——」
そのとき、突然に建物の外から悲鳴のような声が聞こえた。中にいる者たちが顔を見合わせていると、入口から一人の男が顔を出し、泣くように首長に叫んだ。
「首長! 襲撃です! 仲間が次々と殺されています!」
初めて人を殺したのは、4歳の冬だった。
そのころ祖父は重い病気に罹っており医療機器の支えがなければ死んでしまう状態で、ずっと入院していた。
ある日、私は家族とともに祖父のお見舞いに訪れた。
そして、祖父と父とで口論になった。さすがに4歳の時のことなので内容は覚えていないが、後から推察するに、祖父は早く死にたいからさっさと殺してくれとでも言ったのだろう。
激しい言い争いの末、両親は祖父の担当医と話があって病室を出た。私に、おじいちゃんとお話しして待っていなさいと言って。
しばらく沈黙が続いた。そもそも私は会話にあまり楽しみを見出せない大人しい子供であったし、別に祖父が特別好きでもなかった。また、祖父と興じれるような話題に心当たりもなかった。一応、何も話さない気はなかった。祖父が何か話題を挙げれば、それについていくつもりではあった。
やがて、祖父は私に自分のことは好きかと尋ねた。私はそれに対してすかさず肯定を返した。本当はそこまで関心を持っていなかったが、素直に言っても快く思われないのはとっくに分かっていた。
私の答えを聞いて祖父はそうかと安心したようにつぶやいた後、自身につながっている何らかの医療機器の管を指さし言った。
「ちょっと、この管を外してくれないか。」
私はそれが何を意味しているのか分からず――いや、本当はわかっていたのかもしれない。どちらにせよ、私はそれをすぐに実行した。
祖父はしばらく穏やかな顔をしていたが、やがて苦しみ出した。はじめは平静を保っていたが、激しくもがくまであまり時間はかからなかった。
そばにあった機械が、ピーピーと電子音を鳴らす。
ただじっと見ている私など目に入らぬ様子で祖父は暴れ、何事かをわめき、やがてナースコールに手を伸ばした。
しかし、祖父はそれを押すことはかなわず、小さなつぶやきを残して間もなく意識を失った。
その様の——なんと無様だったことか!こともあろうに、祖父の最後の言葉は“しにたくない”だったのだ!
私は幼子ながらに激しく興奮した。死という概念ははっきりとはわかってなかっただろうが、死を決意した老人が、自傷の果てに死に恐怖した中死んだのだ!
私はあまりの興奮に、その場で失禁してしまった。
後にも先にも私の失禁はあそこだけだろう。
その後のことはあまり覚えていない。
むしろ祖父の死の記憶だけが、あの頃の私の記憶としては鮮烈に記憶に残りすぎているのだ。
これが私――朱雀院貴音が初めて生命を奪った瞬間だ。
私が死……特に人の死に対して大きな関心を寄せるようなったのは、間違いなく祖父の殺害に起因している。
やがて私はさらなる殺人を欲した。
しかし、人を殺すというのはなかなか厄介なことだ。何も準備していなければ、きっと私はあっさり捕まってしまうだろう。自由を好む私としては、それは避けたいところだった。かといってしっかり準備をすればいいのかというとそうでもなく、一、二回程度であれば隠し通すことも不可能ではないと考えているが、自らの欲求を満たすのにその程度の屍では足らないことに、貴音は自分が一番わかっていた。しかし自分の心の幸福を求めて人を殺し続ければさすがに事が露呈しかねない。そこまで気を遣って実行するくらいならば、いっそ殺さない方がマシだと思った。
だから私はたまに暇をつぶしに動物を殺した。
動物であれば人間ほど社会が騒然とすることもない。適当な頃合いを待てばほとぼりが冷めるだろうし、隠蔽も楽だ。漠然とした不満を感じながらも、そうやって自身の欲望を直接開放することを我慢し続けてきた。
……血吸と契約する日までは。
ペスト血族の現在の拠点は町の一角にある廃ビルだった。基本的に衛生観念が希薄な彼らは下水道に住処を作ることが多いのだが、最近仲間がかつてないほどのペースで増えており、吸血鬼になったばかりの者ではまだ不潔な環境に嫌悪感を示すため、一旦廃ビルに居を構えていたのだ。
この日の見張りはスキンヘッドの男と金髪の男が担当していた。しかし見張りと言っても特にする事もなく、二人は適当に話をして時間を潰していた。
やがて、談笑に勤しんでいた二人は少女が廃ビルに近づいてくることに気が付いた。その容姿は二人が今までに見たどんな女性よりも美しい、天上の美とでも呼ぶべきものだった。
そんな少女の美貌を見て、二人の男はどうせ暇なのだからと少女を襲うことに決めた。本来ならば首長によって人間を襲う事と仲間を増やすことは厳しく管理されているのだが、最近、首長の側近たちはこれまでと打って変わって積極的に仲間を増やすような行動を奨励している。首長自身はその流れを快く思っていないようなのだが、そんなことは吸血鬼たちにはどうでもよかった。本能のままに力を振るい、血を啜り、仲間を増やす。それは吸血鬼にとって至上の幸福と快感に他ならないのだから。
「お嬢さん、こんなところで何をしてるんだい?」
スキンヘッドの男が声をかける。それを受けて少女は、蠱惑的な微笑みを浮かべた。
「そうだね……ネズミの駆除、かな」
突然、金髪の男の顔に何かの液体が飛びついた。男は慌てて服の袖口でそれを拭う。そして、その匂いが鼻に届くと同時に反射的に男は液体の正体に気付いた。これは血だ。それも人間のものではない、自分と同じペスト血族の吸血鬼の血だ。
「おい――! ヒィィィ!」
声を掛けようとして、金髪の男はスキンヘッドの男の変わり果てた姿を目撃した。彼は、上半身と下半身に両断され、地べたに転がっていた。金髪の男にかかったのは、彼の血だ。少女の方を見ると、いつの間にかその左手には鞘が、右手には刀が握られていた。
「これで、まずは一匹だね」
少女は満足げに舌なめずりをする。その光景に、金髪の男は吸血鬼になってこの方一度も感じたことのない恐怖という感情に支配されていた。
「な、な、な、なんなんだオマエェェェ!」
突然の事態に正気を失いながら、金髪の男は後ずさりをして戦闘形態へと変貌する。ペスト血族は種族特徴として鼠のような戦闘形態への変化を保有しており、その姿では人間の姿の時よりもはるかに高い戦闘能力を発揮できるのだ。
「二匹目」
だが、それが活かされることは無かった。少女は金髪の男が後退して開けた距離を一瞬で埋めると、突きを炸裂させた。その攻撃の迅さと正確さは正に神業。男は少女が移動した事は愚か構えを取ったことすら認識できず、心臓を穿たれた。
「アァァァァァ!」
周囲に男の絶叫が響き渡る。その声はビル内まで届き、血族の多くが見張りに異常が起こったことを察知しただろう。絶叫しながらそのことに思い至った男は、心にいくばくかの優越感が生まれ苦し紛れに笑顔を浮かべて少女を睨み付ける。
しかし、そんな男の優越感はすぐに砕かれた。少女はもはや男など見ていない。その視線は、廃ビル……いや、廃ビルの中にいるであろう吸血鬼たちに向けられていた。
その時彼は少女が自分たちを全滅させる腹積もりであることに気付いた。そして、彼女はそれに足りるだけの実力を持っているであろうことも。
助けへの懇願は誰も来てくれるなという哀願に切り替わる。男の思考はそこから遷移することは無かった。少女は刀で男の頭部を砕くと、あたりに脳漿をまき散らした。
十数人ほどの吸血鬼たちが廃ビルから出てくる。そのほとんどがすでに戦闘形態への変化を済ませており、変化していなかった者たちも見張りの惨状を目に入れるや否や戦闘形態に変化した。
数多くの吸血鬼に囲まれてなお、少女は不敵な笑みを浮かべる。当然だ。彼女にとって自分を取り囲んでいる者たちなど、贄の群れに過ぎない。果たして肉の林を前にして、ほくそ笑まぬ虎がいるだろうか。
敵を切り刻む感覚を切望し、少女は刀を構えた。
突然の事で楓には何が起こっているのかわかりかねたが、報告した吸血鬼と首長の会話を横から聞いて、少しずつ事態を認識しだしていった。
まず、どうやらここが何者かに襲撃されているという事。その何者かはたった一人にもかかわらず吸血鬼たちの群れをものともせずに圧倒していること。そして——
「その襲撃者は例の“娘”か?」
「恐らく」
その“襲撃者”に吸血鬼たちは何らかの心当たりがあるという事だった。
仲間たちに指示を出していく首長を尻目に、楓はこの部屋への待機を命じられた沙耶に話しかける。
「えっと、沙也。沙也は今襲い掛かってて来てる人のこと、知ってるの?」
「たぶん、幹部の人たちがよく言ってた“脅威”だと思う」
「脅威?」
「……最近、この辺りで私たちみたいな魔物が次々と殺されてるらしいの。幹部たちはそれを恐れてた。だから最近仲間を積極的に増やしていって、それで私まで――」
沙也はそこまで言って目を細め、楓から顔をそむけた。それから楓が声をかけても返事をしなくなった。
襲撃者に関する報告が耳に入るうちに、やがて楓の中である疑念が育っていった。
曰く、美しい少女である。
曰く、刀を持っている。
曰く、歓喜に満ちた表情で仲間たちを惨殺していっている。
そんな報告が一つ一つ届くたびに、楓の胸の内に芽生えた予感は少しずつ説得力を増していった。
一人、楓には思い当たる人物がいる。恐らく、その人物に間違いないだろう。しかし、なぜ彼女は襲撃をしてきたのか。楓を助けるためだろうか。しかしそれにしてはやり口が荒っぽいように思う。ではなぜ?そこまで考えて、そもそも楓は昨日なぜ貴音が楓を助けたのか聞いていないことに気付いた。これまでは人が襲われているのを放っておけなかったのだろうと勝手に解釈していた。しかし、あの時の貴音の態度は明らかにそれと異なっていた。もしも、彼女は楓を助けたのではなく、単に吸血鬼を襲っただけにすぎないのだったら?
「ギャァァ!」
とうとう戦闘音が部屋のすぐ外で聞こえるようになった。金属音と悲鳴の合唱が鳴り響く。やがて、一人の少女が入口に姿を見せた。
「朱雀院……さん?」
刀を手にし、血塗れでそこに立っていた朱雀院貴音は、楓に笑顔を返した。
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