「共感&感動!『津軽』で気分は津軽旅行!」

こんにちは。インターンシップ参加者の、守屋芽生(もりやめい)と申します。

今回は、『津軽』についてお話ししていきます。これは何かの物語ではなく、紀行文です。

はじめに、そもそも紀行文って何? というところからお話ししましょう。

明治30年頃、鉄道網の拡大により、人々は長距離の旅行をしたり、様々な所に出かけたりすることが可能になりました。これは、みんなが行った、ということではありません。金銭的な面が一番多いでしょうが、問題なく行くことのできる人だけが、旅行をしました。

それでは、旅行に行けない人は、他の地域のことを全く知らないままなのか?

ここで活躍するのが、紀行文です。「行くことのできる人」が書いた文を読むことで、他の地域のことが理解できるようになるのです。

紀行文は当時、出版社から作家に依頼される形式のものが大半で、こちらの『津軽』もその形を取りました。三週間かけて、津軽地方を一周したんです。

これが出版されたのは1944年。だいたい80年くらい前の作品です。

昔のことなんて分からないしつまらないはずだ、とお思いではないでしょうか?

以下の文を読んでみてください。

「私は津軽の人である。私の先祖は代々、津軽藩の百姓であった。いわば純潔の津軽人である。だから少しも遠慮なく、このように津軽の悪口を言うのである。他国の人が、もし私のこのような悪口を聞いて、そうして安易に津軽を見くびったら、私は不愉快に思うだろう。なんと言っても、私は津軽を愛しているのだから。」

この文です。郷土愛を現代人にも分かる形で感じることができますよね。私はこれを読んで、ずるいなぁと思いました。今までの文章でたくさん津軽を批判しておいて、こんなことを言われてしまったら、共感しか抱けないんですよね。

私は埼玉で育ちましたが、「埼玉は何もない」と自分で言うことはあっても、他の県の人から「埼玉って何もないよね」と言われると、少しモヤっとします。「ないけど……」と思います。そんな、「みんなの前で堂々とは言えないけど実は思っていること」。太宰は、これを表現するのが本当に上手い作家なんです。

この文章だけでなく、「あるある!」と共感したり、思わず笑ったり、ちょっと感動したり。『津軽』は、色々な方面から心を動かされる、素敵な作品です。

実は私は、この作品に影響されて、去年、青森で一人旅をしたんです。

弘前や五所川原といった有名な駅から、太宰が通っていた小学校、下宿先まで見てきました。

この時代の作品は「近代小説」としてカテゴライズされており、どこか自分の住む環境から離れた、言わばファンタジーのようなものとみなしてしまいがちですが、こういった実在の場所を辿る作品は、現代のその場所に思いを巡らせることができるので、新しい小説の楽しみ方を見つけられるのではないかと思います。

新型ウイルスが流行して気軽に旅行ができない今、『津軽』を読んで旅行気分を味わうのはいかがでしょうか?

今回は『津軽』について書かせて頂きました。

次回は太宰が描くハートウォーミングストーリー、『畜犬談』についてお話しします。

引用…太宰治「津軽」角川文庫 平成30年6月25日 改版初版

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