ゲームはメディアを超えていく!(映画編)

ゲームをプレイしながら、私はよく考えることがあります。

これは本当にゲームなのか、と。

私の大好きなゲームをひとつ挙げるならば、それは『MGS』、『メタルギアソリッドシリーズ』です。言わずと知れたこのビッグタイトルが世界中で評価される理由は、まるで映画の中に入り込んでいるかのようなデモシーンのクオリティの高さでしょう。『MGS』シリーズをプレイする人々は伝説の兵士ソリッド・スネークとなって敵地へ潜入する傍ら、このゲームの物語を進行させるカットシーンを見ることになります。言ってしまえば、プレイヤーはゲームを遊びながら、同時に一本の映画を鑑賞している。それくらい『MGS』シリーズが「映像」へ寄せる信頼の厚さは比類ないものでした。

そんな『MGS』シリーズで映画的手法をゲームにとり入れた生みの親、小島秀夫監督が昨年自身が新規タイトル『DEATH STRANDHING』を世に送り出しました。

私はこのゲームをプレイし、ゲームはいつか映画を超えていくのではないかと思ってしまいました。この作品には実際の映画俳優であるノーマン・リーダス、マッツ・ミケルセン、レア・セドゥらが出演しました。彼らの演技は何台ものカメラによってモーションキャプチャーされ、これまでのゲームで存分に味わうことができなかった真に迫る芝居を見ることができます。さらに、『Horizons Zero Done』のDecimaエンジンによって描画された『DEATH STRANDHING』のグラフィックは、このゲームの舞台である「時間を奪われた」地球の姿をリアルに、そして美しく表現しています。滝。廃墟。火山。雪山。私は険しい地形を登り降り、分断された場所へ配達任務をこなす間、この「DEATH STRANDHING」でしか目にできない光景に出会いました。映画のような世界とシームレスにつながったゲームプレイ、それだけでも十分なのですが、このゲームには景色を撮影できる「フォトモード」という機能が搭載されていて、ゲーム内の忘れられない景色を写真として残すこともできます。このように、『DEATH STRANDHING』にはゲームという媒体でありながら映画や写真などの異なるメディアの側面を垣間見ることができます。

しかし、ゲームが持つゲームとプレイヤーが相互的に関係しあうインタラクティブな遊びとしての唯一性はこれからも変わらないでしょう。けれど、これからゲームが他分野のメディアと折衝していく限り問い続けていくべきだと私は思います。ぜひ皆さんも、モニターに向かってゲームをプレイするときに考えてみてはいかがでしょうか。これは本当にゲームなのか、と。

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