本当は面白いプロパガンダ#02

 前回の記事では、戦争とプロパガンダが現代の文化芸術に及ぼした実例などを書いたが、今回はさらに歴史的側面に与えた影響に焦点を当ててみたいと思う。
 ナチスドイツのヒトラーは、政治家となる前は画家志望であったことは有名な話である。美大を目指す身であるからには、「人の心に響く表現」というものについて深く考える機会もあったことだろう。しかし、彼の「人の心に響く」才能は絵画ではなかった。美大に落ち、将来を見失っていた彼は、「スピーチ」の才能があるということに気づいた。彼の演説は今でも動画で気軽に観ることが出来るが、弱者の心を的確に掴む言い回しであったり、情熱的な激しい身振り手振りであったり、まさに全身を使った表現者たるものであった。美大受験のために培った知識を存分に活かし、新聞やラジオ、映画なども頻繁に利用した。悪の独裁者とうたわれるヒトラーだが、当時の人々にとっては正義のヒーローそのものであったのだ。
そのナチスのプロパガンダに真っ向から対立した人物が、喜劇王チャップリンである。意外なことに、ヒトラーとチャップリンは誕生日が4日違いの同い年であった。無声映画からトーキーに変わる際、多くの喜劇役者達が置いてけぼりになって廃れていく中で、彼だけは変わらず「喜劇王」の座を守り続けた。それは、彼自身が「新しい映画の道」を模索し、自ら脚本や演出を行って映画制作を行ったためである。
ナチスが台頭してくる中で、彼は一本の映画を作り始めた。あの有名なコメディ映画『独裁者』である。劇中で直接的には名前を出してはいないものの、明らかにナチスとヒトラーをモチーフにした政権があり、主人公はその独裁者と瓜二つの顔であったため、人違いで連れていかれてしまった。群衆を前に演説をすることになってしまった主人公は、言葉につまりながらも自らの心情を語る。「兵士たちよ、もう戦争はこりごりだ」と平和を訴える彼のスピーチのセリフは、チャップリン自身が悩みに悩み、撮影のその瞬間まで改変を続けたものだという。
この映画は勿論、方々から絶賛と批判の声が上がった。イギリスも戦争中であったため、反戦的なものについてはあまり良くは思われなかったのだ。公開に際しても、上映しない選択をする劇場が多くあった。にもかかわらず、多くの人々の心を動かしたという意味ではヒトラーと同じほどの影響力を持つ。まさにプロパガンダとプロパガンダの衝突である。

以上、全二回にわたってプロパガンダの歴史を語ったわけだが、如何だったろうか。戦争の歴史は文化の歴史。その時代背景を読み解くことによって、創作物に触れたときの世界がより広くなることだろう。

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