本当は面白いプロパガンダ#02

 前回の記事では、戦争とプロパガンダが現代の文化芸術に及ぼした実例などを書いたが、今回はさらに歴史的側面に与えた影響に焦点を当ててみたいと思う。
 ナチスドイツのヒトラーは、政治家となる前は画家志望であったことは有名な話である。美大を目指す身であるからには、「人の心に響く表現」というものについて深く考える機会もあったことだろう。しかし、彼の「人の心に響く」才能は絵画ではなかった。美大に落ち、将来を見失っていた彼は、「スピーチ」の才能があるということに気づいた。彼の演説は今でも動画で気軽に観ることが出来るが、弱者の心を的確に掴む言い回しであったり、情熱的な激しい身振り手振りであったり、まさに全身を使った表現者たるものであった。美大受験のために培った知識を存分に活かし、新聞やラジオ、映画なども頻繁に利用した。悪の独裁者とうたわれるヒトラーだが、当時の人々にとっては正義のヒーローそのものであったのだ。
そのナチスのプロパガンダに真っ向から対立した人物が、喜劇王チャップリンである。意外なことに、ヒトラーとチャップリンは誕生日が4日違いの同い年であった。無声映画からトーキーに変わる際、多くの喜劇役者達が置いてけぼりになって廃れていく中で、彼だけは変わらず「喜劇王」の座を守り続けた。それは、彼自身が「新しい映画の道」を模索し、自ら脚本や演出を行って映画制作を行ったためである。
ナチスが台頭してくる中で、彼は一本の映画を作り始めた。あの有名なコメディ映画『独裁者』である。劇中で直接的には名前を出してはいないものの、明らかにナチスとヒトラーをモチーフにした政権があり、主人公はその独裁者と瓜二つの顔であったため、人違いで連れていかれてしまった。群衆を前に演説をすることになってしまった主人公は、言葉につまりながらも自らの心情を語る。「兵士たちよ、もう戦争はこりごりだ」と平和を訴える彼のスピーチのセリフは、チャップリン自身が悩みに悩み、撮影のその瞬間まで改変を続けたものだという。
この映画は勿論、方々から絶賛と批判の声が上がった。イギリスも戦争中であったため、反戦的なものについてはあまり良くは思われなかったのだ。公開に際しても、上映しない選択をする劇場が多くあった。にもかかわらず、多くの人々の心を動かしたという意味ではヒトラーと同じほどの影響力を持つ。まさにプロパガンダとプロパガンダの衝突である。

以上、全二回にわたってプロパガンダの歴史を語ったわけだが、如何だったろうか。戦争の歴史は文化の歴史。その時代背景を読み解くことによって、創作物に触れたときの世界がより広くなることだろう。

本当は面白いプロパガンダ#01

みなさんは、プロパガンダと聞くとどんなものを想像するだろうか。戦争、洗脳、愛国主義の啓発…あまり良いイメージは無いだろう。
しかしながら、様々なプロパガンダを見ていくと、中々興味深い創作物と歴史の関わりが見えてきて面白いのだ。科学の歴史は戦争の歴史というが、文化史もまた同様である。この記事をきっかけに、創作物を見るのが更に面白くなることを願っている。

まず、代表的なプロパガンダと言えば映画である。無声映画やトーキーなど、昔の映画に関する形体は大体ご存じの通りだろう。しかし、「ニュース映画」なるジャンルが存在したことはあまり知られていない。現代で言うところの、映画の前に始まる「予告編」に値するものがそれであった。つまり、庶民の情報収集の場にもなっていたのである。
この「ニュース映画」によって面白い勘違いが起こった例がある。例えば、特攻隊で有名な「神風(かみかぜ)」は、正式には「シンプウ」と読むことを御存じだろうか。これは、無声映画時代のニュース映画の弊害である。無声映画では、映像に合わせてその場で声を当てていたが、その際に「神風」を「かみかぜ」と読んでいたのがそのまま広まったのである。インターネットもない時代でさえこれだけの拡散力をもつのだから、映画のプロパガンダとしての力は計り知れないだろう。
プロパガンダがあったからこそ現代まで成長した映画製作会社もある。ウォルトディズィズニーは、第二次世界大戦中資金繰りが厳しく、プロパガンダ映画の制作によってその資金を調達していた。代表的な作品には、『総統の顔』『ドナルドの襲撃舞台』などがある。いずれも内容は置いておくとして、アニメーションとしては素晴らしいクオリティである。

アメリカ本国において、これらのプロパガンダ作品はディズニーコンプリートセレクションでも「無かったこと」にされたり、あちらこちらで修正が加えられたりしており、完全なものを見られる機会は少ない。近年「風と共に去りぬ」が人種差別的であるとして映画配信サイトで配信停止になったりと、ポリコレに配慮する傾向が高まっているのである。しかし、何故か日本では完全なものが鑑賞可能である。これを後進的と取るか、表現の自由のなすべきところと取るかの判断は読者に任せたい。しかし、プロパガンダがもたらした歴史的意義、文化の形成についての面白さに是非目を向けて欲しい。

人は死んだらどこへいくのか

みなさんは人は死んだらどうなると思いますか?

多くの人は、死んだらそれまで蓄積された魂や知識、価値観などはすべて無くなり無の状態になると考えているのではないでしょうか。特に、天国や浄土などの死後の世界の感覚が薄い無神論者の多い日本では、この考え方に結び付きやすいです。

私は幼いころから、人は死んだらどうなるかという事について思考を巡らせてきました。もし死んだ人が幽霊になるのだとしたら過去何千年もの間に亡くなっていった人たちの霊で地球は飽和状態になっているはずだし、死人の数は減らずに増え続けていくのだから天国や地獄があったとして、そこがどんなに広大な場所であったとしてもいずれ飽和状態になってしまいます。このような事から、私の考えは他の多くの人達と同じように、人は死んだら魂も記憶もすべて無くなってしまうのだろうという結論に至りました。

しかし、これには謎が残ります。私達が死んだとき私たちの意識が消えてなくなるのだとしたら、そもそも私たちの意識はどこから生まれてくるのでしょうか。熱力学の考えではモノの状態を表す情報もエネルギーの一つとして数えられ、これはエネルギー保存の法則に従います。すなわち、人の意識や感情を一種の「情報」とするなら、それが無から生まれることはないし、消えてなくなることもないのです。

これに対する一つの考えが、アメリカの再生医療研究の第一人者、ロバート・ランザ博士による「バイオセントリズム論」です。この理論をざっくり説明すると、「人の意識は肉体とは別のものとして存在し、人は人の『自分は生きて存在している』という認識によって生きることが出来る」というものです。量子力学の世界では粒子は波と粒の2つの性質を持っており、粒子がその場で波の様に空気を漂っているか、それとも粒の形状で存在しているかを決めるのは、「人の意識」だと言われています。すなわち私たちが観測しているこの世界の性質を決定しているのは私たち自身の「意識」であるということです。バイオセントリズムによると死後、人間の意識は陽子・電子といった亜原子レベルで宇宙に放出されます。こういった考え方は、一時的に死の状態に至り、再び息を吹き返した人たちの語る不可思議な臨死体験についても、説明することが出来ます。

また、人の意識についての考え方として、不確定性原理というものがあります。ドイツの哲学者ニーチェはこのように考えました。「宇宙内の素粒子は様々な動きを見せるが、宇宙の大きさと素粒子の数は有限なので、動きのパターンも有限である。そのため、無限の時間の流れでは必ずどこかで同じ動きをする素粒子が現れ、そこから物理法則により、素粒子は同じ動きを繰り返し、これが連鎖していく。このことから、宇宙は無限に一つのパターンを繰り返しており、我々の人生も決められた運命をたどっているにすぎない。」これを彼は永劫回帰論と名付けましたが、これは粒子が物理法則に従い、ある状態からは特定の状態にしか遷移しないという仮説の元に構築されています。この考え方を不確定性原理は否定します。粒子の状態は常に不確定であり、我々の未来は定まったものではありません。粒子の状態を決めるのは人の意識であり、未来を決めるのは我々自身なのです。

このように人の意識には我々の知らない特別な力が秘められているのかもしれません。これはオカルトの様に聞こえるかもしれませんが、ある程度物理学に基づいた考えであり、多くの科学者が賛同している考えです。

また、私は以上の事から冒頭の疑問に対して次のような結論を得ました。「人の意識は宇宙の中から生まれ、肉体が滅んだら意識は宇宙に還る」と。宇宙には我々が未だ発見できていない多くの物質(ダークマター)が存在します。もしかしたらそれを研究することで人の意識についての謎が明らかになるかもしれません。

皆さんはどう思いますか?

フェルミのパラドックスについて

みなさん、宇宙人はいると思いますか?

映画「スター・ウォーズ」では宇宙にはありとあらゆる種族が存在し、時として争い、戦争を引き起こしています。「E.T.」では宇宙人と地球の少年が出会い、心を通わせて支えあっていくエピソードが展開されています。しかし実際はどうでしょう。我々は宇宙人はおろか、それが存在する確定的な証拠さえ未だ掴めずにいます。

「フェルミのパラドックス」という言葉があります。これは、「宇宙の広さを考えれば私たちのような知的生命体は必ず存在するはずなのに、私たちが未だその存在を確認できていないのはおかしい」というものです。皆さんはどう思いますか。今回はこのパラドックスについて考えてみたいと思います。

1. 宇宙人はいないのではないか
我々が宇宙人に出会うことが出来ないのは宇宙人がいないからなのでしょうか。地球外生命体の存在については様々な考え方があり未だ確定はしていませんが、私は地球外生命体はいると考えます。確かに生命が誕生するには非常に厳しい条件が必要です。最低限水と空気が存在し、生き物の生息できる範囲の温度を絶対に越えないことが条件になります。しかしこのような条件を備えた可能性のある惑星を我々はすでに複数発見しており、無限大ともいえる宇宙の広さを考えたら宇宙人がいないと断定することのほうが無理があります。なので、「我々が宇宙人と出会っていないのは宇宙人が存在しないからだ」という可能性は低いと見ていいでしょう。

2. 動物園仮設
我々は公園でその辺をうろついているハトにコミュニケーションを取ろうとするでしょうか。動物園の檻の中の動物達と対等に会話をしようと試みるでしょうか。知識レベルに一定以上の差がある種族同士で、コミュニケーションを取ろうとするのは非常に困難です。これに基づいたのが動物園仮設で、地球人の存在を認知し地球人と接触できるような技術を持った種族は我々地球人よりはるかに高度な知識を有しているため、コミュニケーションを取ろうとしない、というものです。動物園仮設にはこれと近い考えとして、「宇宙人は地球人の存在を既に知っているが、地球人に干渉しないために自分たちの存在を隠している」、「地球を含む宙域は保護区指定されており、宇宙人が自由に立ち入ることはできなくなっている」といったものが存在します。動物園仮設は「タイムトラベルが可能なら、なぜ未来からの旅行者が存在しないのか」という主張に対してのアンサーとしても用いられます。かなり賛同者の多い仮説としてこの説を紹介しましたが、私はこの説は薄いのではないかと思っています。なぜなら、もし自分達が特定の種族の存在を知っていながらその種族との接触を禁じられていたとしても、必ず好奇心に駆られてそれを破る者が出てくると思うからです。みなさんはどう思いますか?

3. グレートフィルター理論
グレートフィルターというのは、生命が進化していくうえで超えるのが難しい壁のことを言います。地球上には何万を越える生物が存在していますが、脳の進化段階はそれぞれであり、音・意味・文法の三要素をもったコミュニケーションを取れるのは人間だけだといわれています。なぜ他の動物は人間のように進化することが出来なかったのでしょうか。一説では、生物が知能を得る段階でグレートフィルターが存在し、多くの生物がふるいにかけられましたが、人間は偶然そのフィルターを通過できたからだそうです。また、このグレートフィルターは人類がまだ到達していない段階にも存在し、全ての生き物はこの未知のフィルターを通過できないので仮に地球外生命体がいたとしても、人類と接触できるほどに進化できないのだとか。人間は進化によりテクノロジーを手に入れましたが、テクノロジーは種族が滅亡する可能性を増加させます。もしキューバ危機を乗り越えられずに核戦争が起こっていたら、人類は滅亡していたかもしれません。テクノロジーを進化させた地球外生命体は、テクノロジーにより滅んでしまったのかもしれません。

4. 時間差の問題
最後に私が最も可能性が高いと思っている考え方です。それは仮に地球外生命体が存在したとしても、人類と同じ時間軸で生きている可能性は低いとするものです。人類が文明も持つようになり数千年が経過したといわれていますが、この時間は地球が誕生してからの数十億年単位で見れば一瞬の出来事です。宇宙規模で見ればさらに刹那の出来事です。常に新しい星が誕生し消えゆく宇宙の中で、仮に文明が誕生したとしても、その多くはすでに滅んでいるか、もしくはまだ生まれていないと考えるのが無難です。我々と同じ時間帯を生きている文明が他にあるとして、それが地球に接触できる距離にあり、かつ地球に接触できる段階まで発展している可能性がどれほどあるでしょうか。

今回は以上です。多くの科学者は宇宙人の存在を肯定しており、人類と接触することを夢に見ています。いつの日か地球人と宇宙人が接触した時、映画でのETとエリオットの様に共存出来るといいですね。

宇宙に関するSF作品

みなさんSF作品は好きでしょうか。SFとはサイエンス・フィクションの略で、100年近く前に作られた言葉です。また、SFの中でも様々なカテゴリが存在しており、今回はその中でも宇宙に関する作品、俗に「スペースオペラ」と呼ばれるジャンルのオススメ作品を紹介します。

1.インターステラー(映画、2014年)
まずは2014年のSF映画、インターステラーです。舞台は近未来の地球、異常気象により植物が育たず人類は食糧難に瀕していました。主人公はNASAがひそかに計画していた、人類が生息できる地球外惑星の探査プロジェクトのパイロットになり宇宙に飛び立ちます。この作品の一つ目の見どころとして、映画中に登場するいくつかの個性的な惑星や天体が挙げられます。なかでもガルガンチュアという巨大ブラックホールは、初見ではその壮大さに圧倒されるでしょう。また、謎解き要素も本作品の魅力の一つです。作品中にはとある理由によりいくつかの暗号が登場しますが、主人公とその娘が必死にそれを解いていくシーンは非常に見ごたえがあります。インターステラーは私が見た中で最も面白いと感じたSF映画であり、多くの人に見てほしい作品です。

2.火の鳥(マンガ、1954~1986年)
続いては言わずと知れた手塚治虫の名作、火の鳥です。火の鳥は古くは古代から何千年後の遠未来にわたって多くの時代を舞台に、いくつかの編から成り立っています。その中でもとりわけSF色が強いのは「未来編」です。この話は35世紀の日本を舞台に、主人公のマサトが滅んでいく世界の中、自分の将来を決めていく話です。他の人類が滅亡し地球の環境が変化していく中で、自分はどうするべきかという主人公の葛藤が描かれています。この編は火の鳥の全編を通して最もメッセージ性の強い編であり、長らく謎に包まれていた火の鳥の正体が明かされる編でもあります。手塚治虫ファンに限らずマンガ好きなら一度は読んでほしい作品です。

3.星を継ぐもの(小説、1977年)
今から40年以上前に発表された海外の有名小説です。月面にて発見された宇宙服を身にまとった謎の遺骸、チャーリーの正体を突き止めるために、物理学者のハント博士と生物学者のダンチェッカー博士が奔走する話です。この作品の見どころとして、ハント博士とダンチェッカー博士が議論において意見が対立し、物理学と生物学の別の立場からそれぞれの考えを突き止めていく所です。また、物語が進むにつれて徐々に謎が明らかになってくる面白さもあります。とても知的好奇心をくすぐられる作品です。

今回は以上です。SF作品が時代を越えて愛されるのは、いつの時代も知識欲を刺激される楽しさと、謎が明らかになってくる感動が変わらずに存在するからではないでしょうか。この中から一つでも面白そうだと思った作品があったら、是非触れてみてください。

ブラックホール

みなさんはブラックホールと聞くと、どのようなものを思い浮かべますか?おそらく真っ黒いぐるぐるしたものを想像する方が多いのではないかと思います。

昨年4月、海外の天文台がブラックホールの撮影に初めて成功したという事で、大きな話題になりました。以下がその時に撮影されたブラックホールの画像になります。

(提供:EHT Collaboration)

どうですか?皆さんが想像したものと似ていましたか?実はブラックホールは絵にかいたような2次元の円盤状のようなものではなく、3次元の球体の形状をした「穴」なのです。「3次元の穴?」と不思議に思うかもしれません。今回はそんな謎に満ちたブラックホールについて解説します。

1.ブラックホールはどうやってできるのか
ブラックホールは太陽のような恒星から誕生します。恒星には寿命があり、寿命を迎えた恒星は爆発して死んでしまいます。これを超新星爆発と言い、爆発した後に残るのがブラックホールです。厳密には、太陽の数十倍の質量をもった恒星が超新星爆発した際に放出されたエネルギーが凝縮し、ブラックホールが誕生します。

2.ブラックホールの形状
先程ブラックホールは3次元の穴だと説明しましたが、ブラックホールも星や銀河のような天体の一種に数えられます。3次元の穴というのは、2次元の円を3次元で表現すると球体になりますよね。それと同じで、3次元で地面に空いた穴のようなものを宇宙規模の次元にもっていくと球状の穴になるんです。意味が分からないかもしれませんが、ブラックホールというのはあまりに重力が強すぎるがゆえに時空が歪み、物理法則が通用しなくなる世界です。我々の持つ常識は通用しません。

3.ブラックホールの種類
ブラックホールにはいくつかの分け方が存在しますが、今回は3つの種類に分類します。「大きなブラックホール」、「普通のブラックホール」、「小さいブラックホール」です。

大きいブラックホールというのは「クエーサー」と呼ばれる天体です。皆さんは銀河と聞くと以下のようなものを想像するかと思います。

Andromeda galaxy (M31), optical image. The galaxy comprises a central nucleus surrounded by spiral arms. The nucleus appears more yellow than the spiral arms as it contains a higher proportion of dust and older, redder stars. Two small satellite galaxies are associated with Andromeda, M32 (NGC 221), the fuzzy blob at lower right, and M110 (NGC 205), the bright star-like point immediately left of Andromedas nucleus. The Andromeda galaxy is the closest major galaxy to our own Milky Way, lying just over two million light years away. It is also about half as large again as the Milky Way, with a span of over 150, 000 light years. The galaxy takes its name from the constellation Andromeda, in which is it found.

これは我々が住んでいる天の川銀河という天体です。この中心にある白く光り輝いているもの、これがクエーサーです。クエーサーは銀河の核と言われており、宇宙の初期段階で誕生したものと言われています。

次に普通のブラックホールとは通常の恒星の超新星爆発から誕生するもので、現在進行形で増え続けています。実は太陽系の近くにもあるのではないかと言われています。

最後に小さいブラックホール、これはその名の通り小柄なブラックホールです。ミクロなサイズであるため、人類も生み出すことは技術的に可能なのではないかと言われています。

3.ブラックホールの終わり
ブラックホールは常に熱を発しており、蒸発していずれ無くなります。これを「ホーキング放射」と言います。しかしブラックホールの寿命はほかの天体と比較してはるかに長く、一説には宇宙に存在する全ての星が寿命を迎えた後、ブラックホールのみが宇宙に存在する「ブラックホールの時代」がやってくるのではないかと言われています。

4.異世界への扉、ブラックホール
ブラックホールはどこにつながっているのでしょうか。一説にはブラックホールに吸い込まれた物体は「ワームホール」と呼ばれるチューブのようなものを通って我々の住んでいる宇宙とは別の宇宙の「ホワイトホール」と呼ばれる別の天体から放出されるのではないか、と言われています。これを利用することで異次元、異世界を行ったり来たり出来るかもしれません。とは言え、まずはブラックホールを無事に通過する方法を考えないといけませんが。

今回は以上です。宇宙には数多くの謎が存在しますが、ブラックホールはそのなかでもとりわけ謎に満ちており、神秘的な天体です。今後の研究でブラックホールの詳しいことが明らかになることを期待したいところです。

惑星の不思議

みなさん初めまして、インターン生の上野旅明です。

突然ですが、みなさん宇宙の話は好きですか?私は昔から宇宙の話題を集めるのが好きで、今でも宇宙に関する最新情報や宇宙理論について調べたりしてます。

私の記事ではそんな宇宙に関する知識や理論の一部をみなさんに紹介していきたいと思います。

さて、一口に「宇宙」といってもその話題は様々ですが、今回は初回という事で難しい理論などの話題は避け、私が好きないくつかの惑星について紹介していきたいと思います。

1.地球
まずは私たちが住んでいる地球です。そもそも「惑星」とは、簡単に言うと太陽のような自ら光を発する「恒星」の周りを公転している星のことです。この宇宙には観測されてるだけでも数千の惑星が存在しますが、地球はその中でも間違いなく最も神秘的な惑星です。100万種以上のありとあらゆる種族が生息し、発展してきた奇跡の惑星、地球。地球上の恵まれた資源と環境は、私たちに生きる権利を与えてくれました。地球上に住む我々は運命共同体であり、常に支えあって生きていることから、先人は我々が住んでいる惑星を「宇宙船地球号」と表現しました。しかし悲しいことに、この船にはいずれ寿命が来ます。その時に人類は別の船を目指す旅に出るのか、もしくはすでに滅んでしまっているのか、どちらにせよ、まだまだ先の話です。

2.金星
続いて紹介するのは太陽系で2番目に太陽に近い小柄な惑星、金星です。ローマ神話の愛と美の女神、ヴィーナスと同じ名前を持ちますが、その実態は二酸化炭素による温室効果により、灼熱の熱さと常識外れの高気圧をもつ地獄のような世界です。この惑星の最も興味深い所は、かつて地球と同じような環境を持っていたという点です。地球は現在金星と全く別の大気を持っていますが、かつては金星と同じように二酸化炭素の大気で覆われていました。しかし地球には海が存在したため、そこに二酸化炭素が溶け出し現在のような大気になりました。もし地球上に海がなかったら、地球は金星のような地獄の惑星になっていたかもしれない、という事です。

3.プロキシマ・ケンタウリb
紹介したい惑星はまだまだありますが、時間の都合と私の怠惰性により今回はこれで締めたいと思います。さて、最後は太陽系の外にある惑星、プロキシマ・ケンタウリbの紹介です。おそらく聞いたことが無い方が多いと思いますが、これはプロキシマ・ケンタウリという恒星の周りを公転している惑星で、bというのはプロキシマ・ケンタウリ系の中で2番目に発見されたのでこう呼ばれています。この惑星、なんと生命が存在するのではないかと言われている惑星なんですね。しかも地球からの距離はわずか約4.2光年。この4.2光年というのは光の速さ(秒速約30万km)で4.2年間移動を続けてやっと到達できる距離なんですが、宇宙規模だとかなり短い距離であり、人類がいずれ到達できるのではないかと言われています。唯一の懸念点は、大気が存在するのかわからないという点です。大気が存在しないと生物が生きることは出来ません。今後探査機が派遣されるらしいので、結果に期待したいところですね。

今回の記事は以上になります。こういったものを書いてみるのは初めてなのでなかなかお見苦しいものだったかと思われますが、明日からもこんな感じで記事を書くつもりですので、少しずつ読みやすい記事が書けるように努力していきます。暇な方で少し気になった方はぜひ読んでみてくださいね。

騎士が使っていた武器について


みなさん、こんにちは。前回は騎士が扱っていた剣について説明しました。
今回は剣以外の、騎士が使っていた武器についての解説です。


片手で所持し、刀剣や槍、弓矢などの攻撃、射撃から守るための防具です。西洋の盾は形状の差はありますが、おおよそは木製で、完全に金属で作られたものはまれにある程度でした。木製のものに革で覆われていたり、金属で補強したものが主流でした。
ゲルマンの戦士や、ヴァイキングが用いた盾は平たい正円系をしていました。この丸盾を活用した戦術に横一列に重ねて盾の防壁を作るという集団で盾を構え防御体勢がありました。個人戦よりも集団戦で効力を発揮するものでした。
10世紀ごろにゲルマン系民族のノルマン人が使用したのは「カイト・シールド」(凧型盾)です。馬上戦闘に特化したものになっています。騎兵が扱いやすいように工夫を凝らして作られた、このカイト・シールドは、当時のヨーロッパであっと言う間に広まり、西洋の騎士達から絶大な支持を得ました。
盾も強力な貫通力を持つ火器が登場してから、このような盾は戦場から姿を消していきました。記念品として作られてることがあります。
また戦場で使われなくなりましたが、暴動鎮圧用としては世界中の警察や軍隊で装備されています。ライオットシールドは軽量で頑丈なジュラルミン製やポリカーボネート製のものが多く採用されています。

ランス
ランス(馬上槍)は文字通り馬の上で使用する武器で、右手でわきに抱え込んで使います。馬を疾走させて槍を突き刺すので、鎧も貫くその威力は絶大でした。しかし木製の柄には負荷が大きく、一回目の攻撃で折れることが多かったようです。のちに馬上槍試合のようなにスポーツにおけるトーナメント形式の競技システムの原型となりました。

パイク
パイク(長槍)は形状こそランスと同じですが用途は別物です。柄の長さが4~7mと長く、騎士の突進を受け止めるものでした。横に密集して穂先を並べ、隊形のまま前進して敵陣を蹂躙していきました。パイクは銃剣が登場する17世紀まで実戦で使われていました。


かつて忘れ去られた武器でしたが、13世紀にイングランド軍はこれに目を付けて自軍に取り入れました。とくに百年戦争ではクレシ―の戦いなどで集団使用で矢の雨を降らせて、フランス騎士に大打撃を与えました。

クロスボウ
西洋で盛んに利用されていた飛び道具です。照準も安定し、腕力も必要としないため簡単に扱えましたが連射性は劣りました。


火薬を用いた15世紀から登場した、騎士の衰退の原因となった武器です。弾丸は簡単に甲冑を貫通し、銃の集団利用によって無謀に突進してくる騎士を一掃しました。銃器の登場によって甲冑、弓、槍といった武装などが廃れていき、全く異なる新しい武装の時代になりました。

参考文献:https://www.touken-world.jp/tips/7831/
渡辺信吾(2017)『西洋甲冑&武具 作画資料』玄光社出版

興味を持たれた方はお気軽にお問い合わせください。

騎士が使っていた剣について


みなさん、こんにちは。前回は17世紀以後の時代と鎧について説明しました。
今回は騎士が使っていた武器についての解説です。


私たちが思い浮かぶような西洋の剣は中世初期から登場しています。ノルマン人が使用していた「ブロードソード」や、その影響を受けて作られた「アーミングソード」から反転して、ロングソードとなりました。
棒状の鍔が直角に交差する形状をしていて十字架と結び付けられ、宗教的なシンボルでもありました。武器として使っただけではなく、騎士の叙任式で君主が剣で騎士の肩に触れる儀式といった、神聖な存在として儀式に使われていました。
剣の構想は、4つのパーツから構成されており、剣本体となる剣身、握り手を守る鍔、グリップ、そしてグリップの後端部に着くポメルがあります。このポメルは、剣身とのバランスをとるための重りとなっています。一般的に全長は80~95cmほどで、大きな物は1mを超える物も作られました。これによって剣の重心を握り手に近くなるため、片手で軽快に振り回すことができます。真っ直ぐで両刃の剣身は、鋒が非常に鋭利で、用途によって太さが異なります。板金の隙間を突き刺すことを狙った貫通剣は先端が細くなっています。斬撃・刺突の両方に使える両手剣はグリップが長くなっています。

また、レイピアも16世紀に誕生しました。レイピアは刺突用の細身の剣です。特徴的な鍔を持っているものが多いですが、本来は攻撃してきた相手の剣を絡めるために着けていたそうです。こうしてレイピアはルネサンス期の貴族に愛される剣となり、金属加工や彫刻による芸術的な装飾はレイピアの価値をさらに高め、それまでの剣と同様に、レイピアを所持する者のステータスシンボルとして機能するようになっていったのです。

17世紀以降は火器の発展により剣が活躍する機会が減っていき、ルネサンス期の剣とは真逆の小型の剣「スモールソード」が主流となります。武器として使うのではなく、騎士道精神の象徴としてファッションに取り入れたものでした。
決闘や式典や舞踏会などの場で使われたり、将校用の剣として使用されました。特に装飾を施したものは人気で、宝石を散りばめた豪華なものまでありました。19世紀になると、西洋だけでなく世界的にフランスの剣デザインに注目が集まり、多くの国がフランス製のヒルトや剣身に影響を受けて軍隊の剣を制作します。

今回はここまでです。次回は騎士が使っていた剣以外の武器についての解説です。

参考文献:https://www.touken-world.jp/tips/7791/
https://www.touken-world.jp/tips/7791/
渡辺信吾(2017)『西洋甲冑&武具 作画資料』玄光社出版

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17世紀以降の西洋の鎧について


みなさん、こんにちは。前回は16世紀の時代と鎧について説明しました。
今回はヨーロッパの17世紀以降の解説と、17世紀以降の鎧についての解説です。新たな戦争の時代に突入し、騎士に続いて甲冑そのものが終焉を迎えます。

17世紀初頭からヨーロッパは戦乱に明け暮れていました。特に三十年戦争は、西洋諸国がカトリックとプロテスタントの二大勢力に分かれて、大規模な国際戦争へと発展しました。この戦争の中で特に目立つのがスウェーデン軍です。強力な歩兵・砲兵・騎兵を揃えるだけではなく、効果的に連携させた戦術によって数々の戦果を挙げていきました。また、甲冑も板金鎧の騎士が姿を消し、ほとんどが部分的にしか甲冑が用いられない半甲冑になっていきました。さらに17世紀半ばごろにもなると、さらに甲冑の支給が追い付かなくなり、ヘルメットとブレスプレート、バックプレートのみになりました。さらに騎兵は、夏は非常に暑く脱ぎ捨てる兵がいたらしく、1630年ではほとんどの騎兵が甲冑なしで戦ったようです。各国もこぞってこれを模倣していたといわれています。イングランド内戦で勝利を納めた議会派の鉄騎隊は、同じくヘルメット、ブレストプレート、バックプレートの構造をしていました。
また、ナポレオン戦争では、胸部を守る胸甲が使われていました。シンプルな構造ながら、弾丸を弾くほどの硬さを持つこの鎧は強力で、「胸甲騎兵」と呼ばれるようになり、戦場の花形となりました。
その後の19世紀、20世紀初頭まで甲冑の面積が増えることはありませんでした。

半甲冑
17世紀の戦場では足、腕などの防御を諦め、徐々に面積を減らしていくことになり、身を覆う板金鎧のプレートアーマーは姿を消していきました。この甲冑を最後に、頭部と胸部のみの装甲へとなっていきます。

胸甲
胴の全面を覆う防具で、バックプレート、ヘルメットとともに用いられていきました。三十年戦争においてのスウェーデン軍の主力は、鎧をヘルメットとブレスプレート、バックプレートのみ軽量化して、重い騎兵用小銃の代わりに拳銃と剣で武装したより軽装の騎兵でありました。さらにバフコートという革製の分厚い上着を着るだけでも刀剣にある程度の防護効果があり、これのみで戦った騎兵もいたとされている。

このよう騎兵は多く存在したが、胸甲の防御力を上回るライフル銃や機関銃が開発されて、無謀に突撃する騎兵という存在も薄くなり、現代の戦場では全く見られなくなりました。
しかし、現在でもフランスの伝統名称として部隊名としても用いられたりしている

今回はここまでです。次回は騎士が使っていた武器についての解説です。

参考文献:https://www.touken-world.jp/tips/7831/
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%83%B8%E7%94%B2%E9%A8%8E%E5%85%B5
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%89%E5%8D%81%E5%B9%B4%E6%88%A6%E4%BA%89
渡辺信吾(2017)『西洋甲冑&武具 作画資料』玄光社出版

興味を持たれた方はお気軽にお問い合わせください。