美少女ゲームの歴史#6 日本語とゲーム音声の関係

みなさんこんにちは
インターン生の成澤です

前回、ゲーム音声についていくつかお話ししましたが、今回は日本語についての話になります。

日本語にも他の言語と同じく一定のルールがあります。
その中の一つに、二人称代名詞に関する上下の区分というものがあります。
みなさんはご両親のことを名前を呼ぶことなく「お父さん」「お母さん」、のように自分との関係性を示す代名詞で呼ぶことができます。
しかし、上位の立場の人からは「おい、息子」といった呼びかけは特別な場合を除いてできません。
これは先生や生徒、先輩後輩といった関係性においても同様のことが言えます
英語の場合と比較してみましょう。
例えば、子供が母親相手に「お母さんなんて嫌い」といった言葉を発したとしましょう。
この場合、話者である私(子供)が省略され、話者に対面する人物(母親)を「お母さん」と呼称しています。
この場面を英語に訳すと、子供は「I hate you」という言葉を発します。
英語では対面する相手が話者にとって誰であれ、二人称は「you」となるわけです。
このように、我々が普段他人から呼びかけられる時には非常に多用な呼ばれ方が想定され得るのです。

つまり、ゲーム内のキャラクターがこれらの他称詞を代名詞的に使用する場合、プレイヤーは部分的な自己同一と誤認する可能性があるわけです。
この呼称法則を効果的に使用しているのが「美少女ゲーム」や「乙女ゲーム」などのシミュレーションゲーム、アドベンチャーゲームです。
主人公の名前を自身で決定する場合、あるいは固有名として決定している場合であっても、ゲームキャラクターが代名詞で呼称する場合にはその同一性が保たれます。
この手法が特に顕著にあらわれているのが、2000年代初頭に起こった所謂「第二次メイドブーム」です。
メイドであるキャラクターは、主人公やプレイヤーの名前がなんであれ自動的に下位の立場となるので、それらを「ご主人様」と呼称することが可能となります。
このブームが、以前お話ししたゲーム音声の変革から約10年ほどで起こっていることには非常に興味深いものが伺えます。

この手法は、現在市場規模を拡大しているソーシャルゲームでも広く使われています。
ソーシャルゲームでは他のプレイヤーと区別するためにプレイヤーネームの存在は不可欠ですが、同時にキャラクターボイスが実装されているゲームも数多く存在します。
それらのゲームでは、ほぼ例外なくプレイヤーは登場キャラクターより上の役職として設定されており、音声とテキストが干渉しないように配慮されています。

今回私が説明したことは、おそらくゲームをプレイする皆さんが無意識的に理解している部分だと思います。
しかし、それを歴史的、語学的に解釈するのも面白いと感じませんでしたか?
ゲームが好きな皆さんが少しでもこういった部分に興味を持ってくれたら嬉しいです。

興味を持たれた方はお気軽にお問い合わせください。

美少女ゲームの歴史#5 ゲーム音声の変革

こんにちは
インターン生の成澤です 。

さて、今回からはビデオゲーム史における「美少女ゲーム」文化の影響を見ていきます。
今回着目したいのは、ゲーム音声に関する部分についてです。

ゲーム音声は直接的にゲームシステムに干渉するものではありませんが、ビデオゲームにおいて非常に重要なファクターであると言えます。
その進化はハードやソフトの進化、つまり科学技術の進歩と共に発展していきました。
ビデオゲームにおいてターニングポイントとなったのは、1980年代終盤から普及し始めたCD-ROMの登場でした。
それまで電子音の組み合わせで合成音声として表現していた人間の声を、直接録音した音声データとして再生することが可能となりました。
これにより、ゲームキャラクターは人の声を用いてセリフを喋ることが可能となり、表現の幅が広がる結果をもたらしました。
CD-ROMの登場は、音声やアニメーションムービーを使用した幅広い表現手法を可能にしたのです。

しかし、ビデオゲームが新しい技術を手に入れる中で、従来のゲームシステムと大きく干渉する部分も明るみに出るようになりました。
特に顕著だったのがプレイヤーネームの存在です。
キャラクターボイスの存在しないゲームでは、プレイヤーネームはテキストでのみ表わされ、プレイヤーの没入感を強める要素となっていました。
しかし、プレイヤーがゲーム内の語句を自由に決定できるシステムは、音声収録の都合上どうしてもキャラクターの音声と干渉することとなります。
『ポケモン』や『ドラクエ』シリーズといったプレイヤーネームを変更できるゲームは、第一作ではハード的な問題で音声が実装できない状況にありましたが、それらがクリアされた現在でもその最新作においてキャラクターは大部分セリフを発しません。
このように、現在でもキャラクターボイスとプレイヤーネームはトレードオフの関係にあると言って良いでしょう。

では、ゲームプレイヤーはどのようにしてゲームの主人公との同一華を図っているのでしょうか。
次回はキャラクターと自己の同一化といった部分を、日本語の呼称法則に焦点を当てて見ていくことにします。

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美少女ゲームの歴史#4 美少女ゲームの興隆と衰退

こんにちは
インターン生の成澤です

さて、前回はノベルゲームと「美少女ゲーム」の歴史的な合流点についてお話しましたが、今回はその続きになります。

1990年代中盤にLeafから販売されたヴィジュアルノベル三部作の影響は非常に強く、それまで様々なジャンルのゲームが作られていた「美少女ゲーム」市場はノベルゲームに大きく傾倒していくこととなります。
以前お話しした事ですが、ノベルゲームの登場により、ゲームシステムではなく物語消費そのものがゲームの面白さとして評価される状況へと価値の転換が行われることとなりました。
ノベルゲームでは、システム的な領域よりもフィクション的な領域が強く反映されます。
つまり、「美少女ゲーム」市場ではゲームシステムをある種のフォーマットと化すことで、様々なゲームで基本的なシステムを共通化し、物語やキャラクターの差異でゲームとしての面白さを表現していたわけです。

このような状況にあった「美少女ゲーム」市場は、90年代後半から2000年代中盤にかけて徐々に拡大していきます。
同時に、主にPCソフトとして販売していたゲームソフトが、アダルトシーンを削除する形で家庭用ゲーム機へと移植される動きも徐々に増加していきました。
また、物語コンテンツへの傾倒といった面から、テレビアニメ化、一般雑誌へのコミカライズなど、複数のメディアで展開される作品も登場し始めました。
この時代は、多くのアニメ化作品を生み出した「Key」、『刀剣乱舞』などで知られる「ニトロプラス」、『月姫』『Fate』シリーズを排出した「TYPE-MOON」など、現在でも第一線で活躍するゲームブランドが数多く産まれた時代でもありました。

しかし、2000年代に入るとファイル共有ソフトでの違法ダウンロードなどが横行し、ゲームの販売本数が著しく低下しました。
日本では2010年から違法ダウンロードに関する法整備がなされていますが、その間に「美少女ゲーム」市場はピーク時の約半分にまで縮小しているとのことです。
しかし、「美少女ゲーム」は時流に飲まれて立ち消えることなく、その文化的な影響は現在のわたしたちが目に触れる部分で多く残されています。

次回からは、そういった部分に焦点を当て、ビデオゲーム文化全体に関するお話しをしていきたいと思います。

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美少女ゲームの歴史#3 アダルトゲームからの発展

こんにちは。
インターンシップ生の成澤です。

今回からとうとう「美少女ゲーム」についてのお話になります。
さて、「美少女ゲーム」と一口に言いましても様々なジャンルのゲームがあります。
しかし、その多くは「ビジュアルノベル」形式のものであり、成人向けの「アダルトゲーム」と呼ばれる市場で発展していきました。
「アダルトゲーム」の発生は古く、家庭用のパソコンが一般に普及し始めた1980年代初頭には既に幾つかの作品が販売されています。
有名な作品には光栄マイコンシステムズが1982年に発売した『ナイトライフ』などがあります。

1990年代にはRPG、アクション、アドベンチャーなど様々なジャンルの「アダルトゲーム」が販売されていました。
そういった中で、前回のトピックで話題に挙げた『弟切草』が発売されるわけですが、そこに目を付けたのが高橋達也というクリエイターでした。
現在はアニメの脚本家などを務める高橋氏ですが、「美少女ゲーム」というジャンルにとって非常に大きな働きをした人物でもあります。
高橋氏は『弟切草』により開拓されたノベルゲームというプレイ方式を当時の「アダルトゲーム」作品でも表現できないかと考えたわけです。

そうして産まれたのが1996年に発売された『雫』です。
『雫』ではノベルゲームの形式を採用することにより、重厚なキャラクター描写が可能となりました。
それまでゲームのエッセンスでしかなかったゲームシナリオは、キャラクターの魅力を表現するための手段となったわけです。
『雫』に続いて『痕』『To Heart』が発売され、「美少女ゲーム」市場全体にノベルゲームの影響は広く波及しました。
また、1990年代は『卒業~Graduation~』、『同級生』、『ときめきメモリアル』など、シミュレーションゲームのヒット作が同時期的に発生した時代でもありました。
このような作品の登場により、90年代中盤~2000年にかけて「美少女ゲーム」の市場規模は大きく成長することになります。

これらの作品は依然『アダルトゲーム」として制作されるものが多かったのですが、家庭用ゲーム機とは異なる流通で文化が形成される様は、かつての映画業界の日活ロマンポルノとも類似するように見えます。
つまり、「美少女ゲーム」市場はアダルトシーンさえ盛り込んでおけばクリエイターが様々な表現にチャレンジできる場であったと言えるでしょう。
現在では「美少女ゲーム」から出立したクリエイター達が様々な分野で活躍しています。

次回で歴史的な解説は最後になりますが、最後は2000年以降のお話になります。

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美少女ゲームの歴史#2 ノベルゲームというジャンル

こんにちは。
インターンシップ生の成澤です。

前回のトピックではアドベンチャーゲームの興隆からお話ししましたが、今回はその続きです。

前回、1990年前後のアドベンチャーゲームは複数回のプレイに耐えることができず、リプレイバリューが低かったという事を書きました。
しかし、そのような状況下で1992年に登場したのが、チュンソフトの『弟切草』でした。
このゲームでは、従来のアドベンチャーゲームのように主人公を自由に行動させるといったことは出来ませんでした。
その代わりに要所要所で選択肢が表示され、プレイヤーが選択した文章に沿う形で主人公が行動するといったノベルゲームのプレイスタイルを確立したゲームでした。
『弟切草」はプレイヤーの選択により物語が変化するという事それ自体をゲームとして転換させた作品でした。
そのため、プレイヤーは自分が選択しなかった物語を読むために『弟切草』を何回もプレイすることになるわけです。
表示されるテキストを読むことに多大な時間を費やすノベルゲームが「ゲーム」と呼称されることに疑問を覚える人もいるでしょう。
しかし、このように歴史的な観点からその発生を見てみると、テキストを読むといった行為は『Colossal Cave Adventure』において既にゲームプレイと密接に繋がるものでした。
なおかつ、ノベルゲームの登場は停滞していたアドベンチャーゲームというジャンルそのもののエポックメイキングとして生まれたと言えるでしょう。

さらに『弟切草』が革新的だったのは、この選択肢に正解、不正解といった概念を付与しなかったことにあります。
それまでのアドベンチャーゲームでは、制作側が設定した通りの動きをしない場合にはプレイヤーは進行不可、あるいはゲームオーバーといった状況に陥ります。
しかし、『弟切草』では仮に主人公が死亡するような物語に発展したとしても、それは単に一つの結末として処理されるだけであり、ゲームオーバーという概念とは根本的に異なります。
現在では「マルチエンディング」といった言葉で表現されるこのタイプのゲームは、当時としては非常に革新的であったと言えます。

ノベルゲームという下位ジャンルの登場によってアドベンチャーゲームは短命の呪いから解き放たれました。
しかし、膨大な文章量とそれらを複雑に繋ぎ合わせるゲームシステムが当時のゲーム開発のノウハウから逸脱していたためか、なかなか後に繋がるような作品は生まれませんでした。
ではノベルゲームというジャンルは局地的な発生に留まってしまったのかというと、そうはなりませんでした。
1983年のファミリーコンピュータの発売から続く家庭用ゲーム機ブームの中にありながら、ノベルゲームは家庭用ゲームの流通とは異なる市場で大きく発展することとなりました。
ここでノベルゲームは「美少女ゲーム」との合流を果たすのです。

前回に引き続き少し迂遠な解説となりましたが、次回ではようやく「美少女ゲーム」の具体的なお話になります。

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美少女ゲームの歴史#1 アドベンチャーゲームの出現

はじめまして。インターンに参加させていただきます成澤と申します。

この掲示板では私が修士論文のテーマとして取り扱っていた「美少女ゲーム」に関して様々なことを語っていければと思います。
「美少女ゲーム」といっても、その言葉自体様々なジャンルを含意する言葉になるので一概に「こういうものだ」という定義は難しいです。
ですが、その主となるジャンルは大きく分けてシミュレーションゲームとアドベンチャーゲームの二つに分類されるかと思います。
ここでは、そのどちらにも触れつつより広い視点から「美少女ゲーム」に関する文化について語っていければと考えています。

全7回の構成でお届けするこの記事は、歴史的な解説を1~4まで、5,6で文化的な観点からの考察を予定しております。
記念すべき第1回は、現代における「美少女ゲーム」の先祖、アドベンチャーゲームの歴史について解説していきたいと思います。

世界初のアドベンチャーゲームは1976年に発売された『Colossal Cave Adventure』であると言われています。
このゲームは洞窟の中にある宝物を入手することを目的としたゲームですが、現在のようにグラフィックを表示するということが技術的に不可能であったため、表示されるテキストで現在主人公が置かれている状況を説明しています。

(引用 http://rickadams.org/adventure/)

上の図にあるように状況を示すテキスト、ここでは「あなたは道の上に立っており、近くには森や建物があります」といったことが書かれています。
これに対し、「go east」や「open door」といった「コマンド」と呼ばれる命令を打ち込むことで主人公を操作するといったゲームです。
このプレイ方法から「テキストアドベンチャー」等とも呼ばれるこのタイプのゲームは、現在でも海外では趣向する人は多いそうです。
引用元のようなサイトで遊ぶことができるほどコアなファンが存在するゲームなので、みなさんも是非遊んでみて下さい。

その後、点や線で描写される簡単な図像で変を用いて変動する状況を描写する「グラフィックアドベンチャー」や、あらかじめ用意してあるコマンドから状況に合ったものを選ぶといったコマンド選択式のものが出現してきます。
しかし、当時のアドベンチャーゲームには一つ致命的な弱点が存在していました。
それは「販売単価が高いにも関わらず一度クリアしたら終わり」といった部分です。
状況に合わせた正しいコマンドを入力(選択)するといった行為によってゲームが進行するため、それ以外の行動は全てゲームオーバーや進行不可能といった状況に陥ります。
つまり、アドベンチャーゲームの攻略は迷路の踏破のようなものであり、一度クリアしてしまえばその手順を覚えている限り新鮮なプレイ体験は得られないわけです。
そのため、当時のアドベンチャーゲームはわかりやすいヒントを提示しない、理不尽な難易度を設定するといった延命手段によってゲームのプレイ時間を増やしていました。
ですが、それは根本的な解決にはならず、アドベンチャーゲームは一種の袋小路に追い込まれていきました。

この状況を打開したのがノベルゲームと呼ばれるジャンルの登場だったのですが、それについては次回のトピックで解説します。

興味を持たれた方はお気軽にお問い合わせください。