一生で一度は参加するべきねぶた祭り!!

青森でインターン中の根本です。

インターン最終日となりました。初日以外は青森でのインターンでした。

初日の記事でも少し書いたことですが、今回はねぶたについて書いて締めたいと思います。

青森と言ったらリンゴとねぶたというのが、他県民からの強い印象であろう。実際に青森県民の夏はねぶたに始まりねぶたに終わる(青森県民歴22年友人談)。というのも、青森の気候は極端に夏日が観測される日が短い。ねぶた祭りが始まる8月の初旬から、急激に気温が上がりはじめねぶたが終わり、お盆が近づくともう秋の気配がし始めるのだ。毎年お盆のお墓参りには、今まで気配が全くなかったトンボが姿を見せ始めるらしい。
このように青森市民とねぶた祭りには、季節を感じさせるほどの強いつながりがあるのだ。
それでは、一体いつからねぶた祭りがおこなわれているか気になるものである。
ねぶたの起源には諸説あるが、もとは奈良時代あたりから始まったようである。かなり長い歴史を持っているのだ。奈良時代(710年~794年)に中国から渡来した「七夕祭」と、古来から津軽にあった習俗と精霊送り、人形、虫送り等の行事が一体化して、紙と竹、ローソクが普及されると灯籠となり、それが変化して今の形になったといわれているのだ。
国から無形文化財として登録されているだけはあって、長い歴史とその地域の人々に根差した文化なのだ。
ねぶたの醍醐味と言ったら、あの勇猛な大型ねぶたを見ることにあるのだが、あの作り方は実に古典的で職人の技と伝統の技術が詰まっているものである。
ねぶたの制作方法は、まず初めにねぶた絵と言われる原画を書くことから始まる。この絵は浮世絵や水墨画のようなタッチで描かれている絵である。なので、もちろん立体感は従来の絵に比べれば劣ってしまう。
%e3%81%ad%e3%81%b5%e3%82%99%e5%ae%9a

次に、この絵をもとにして、針金を組み立て立体の形に起こしていくのだが、立体にするにもこの絵を見て立体にしなければいけない。なので平面図を書き起こしてそれを目印に少しずつ組み立てていくのだ。これは流派によって顔が違う理由にもなっている。モデリングツールを使えばもう少し楽になるとは思うのだが、そうはいかないのだろう。おそらく職人の誇りというものがある。
その次は和紙を貼り付け、墨入れをする。ねぶたのあの鮮やかな色はすべて色墨でできているのだが、ところどころ透けている部分はどうやっているのだろうか。調べてみると
、透けているところには蝋燭のロウを塗っているらしい。そうすることにより、墨をはじいてマスキングする効果と、光を通す効果があるそうだ。なので、ねぶたの服の白い模様や目の白目部分に塗るのにつかわれる。小型の金魚ねぶたの斑点なんかにも持ち入れられるそうだ。
今回は大型ねぶたに焦点を当ててみたが、まだまだ跳人やマニアックなところでは化人なんでいうものまである。この熱気は実際に青森に来ないとすべては体験できないので、ぜひ一度青森まで来てほしいものだ。

興味を持たれた方はお気軽にお問い合わせください。

リンゴ県=青森県

青森でインターン中の根本です。
今日は青森育ちの友人に聞いたリンゴについてまとめてみました。

青森県民のリンゴ知識

近年、香川県のように一つの特産品を推して「○○県」と表現する方法が広まっている。元々これはネット上で有名なものが一つしかないという意味合い、揶揄と言ったほうが正しいような言葉であった。しかし、それを逆手に取り、今や香川県のうどんは日本でも知らない人はいないだろう。
青森県もリンゴ以外目立った特産品(私に言わせてもらえば、マグロにニンニクに長芋など多くの名産があるのだが……)がないということで、「リンゴ県」なんて称されたりもしているのも事実である。
しかし、リンゴの生産量は日本でも随一ではあるが、全国二位の長野県も忘れてはならない。シナノゴールド、アルプス乙女は長野を代表する有名なリンゴである。市場に出回る数も多く、アルプス乙女に関しては夏の風物詩リンゴ飴の材料にもなっている小さいリンゴである。このようなサイズに特徴があるリンゴであるなら、見た目だけで種類が判別できるものだが、普通のリンゴとなると青リンゴと赤リンゴくらいしか見分けがつかない。
ところが、青森生まれ青森育ちの友人はなんてことなく見分けてしまう。見分けられる理由を聞くと、驚愕の答えが返ってきたのだ。
「え?小学校の時にリンゴの下敷きもらうじゃん」
さも当たり前のように言い放った言葉に耳を疑った。リンゴの下敷きと言って思い浮かべるのは小学生が持つようなかわいらしいリンゴの絵が付いた下敷きだ。実物を見せてもらってすべてに納得がいったのだ。青森県民がなぜここまでリンゴについて詳しいのか、リンゴ県と呼ばれる所以……

%e3%83%aa%e3%83%b3%e3%82%b3%e3%82%99

このような下敷きを小学一年生になった時点でプレゼントされるそうだ。
小学生の時からりんごの英才教育は始まっていたのだ。
しかも、青森の幼稚園保育園は遠足と称してリンゴ狩りに連れていくところもあるそうだ。ここでリンゴの種類を学び、なおかつ収穫作業をすることでリンゴ県としての自覚を持たせるのだ、と青森出身の友人はふざけた口調で話してくれた。が、英才教育としか言いようがないこの環境。笑うどころか他県も積極的に見習っていくべきだと感じる。一つのことに特化しているからこそ見えてくることもあるだろう。

興味を持たれた方はお気軽にお問い合わせください。

心霊スポット青森

青森でインターン中の根本です。

毎日に次はなにを書こうと考えている気がします。
私の体感かも知れませんが、今年の夏は長いような気がします。まだまだ半袖半ズボンで過ごしています。
9月ですがまだ暑いので今日は青森の心霊スポットについて書いていこうかと思います。

恐山
恐山は、カルデラ湖である宇曽利湖(うそりこ)を中心とした外輪山の総称である。古くは宇曽利山「うそりやま」と呼ばれたが、下北訛りにより変化し、恐山「おそれやま/おそれざん」と呼ばれるようになった。 「うそり」とはアイヌ語の「うしょろ/窪地」であり、これは恐山山系のカルデラを意味する。外輪山は釜臥山、大尽山、小尽山、北国山、屏風山、剣の山、地蔵山、鶏頭山の八峰。「恐山」という名称の単独峰はない。火山岩に覆われた「地獄」と呼ばれる風景と、美しい宇曽利湖の「極楽浜」との対比が特徴である。
寺名は菩提寺、本坊はむつ市田名部にある曹洞宗円通寺である。本尊は地蔵菩薩。
恐山は、地蔵信仰を背景にした死者への供養の場として知られ、古くから崇敬を集めてきた。下北地方では「人は死ねば(魂は)お山(恐山)さ行ぐ」と言い伝えられている。一方、近代においては山中に硫黄鉱山が建設され、硫黄の採掘が行われていた時期もあった。
恐山大祭や恐山秋詣りには、イタコマチ(イタコがテントを張って軒を連ねている場所)に多くの人が並び、イタコの口寄せが行われる。なお恐山で口寄せが行われたのは戦後になってからであり、恐山にイタコは常住していない。また恐山菩提寺はイタコについて全く関与していない。イタコは、八戸や、青森から恐山の開山期間中にのみ出張してきており、むつ市には定住していない。
高野山、比叡山と並んで、「日本三大霊山」とされることもある。
恐山は火山であり、境内には温泉が湧いている。4つの湯小屋は無料(参拝料は必要)であるほか、宿坊にも温泉施設がある。

まずは恐山です。青森市から2時間30分ぐらいかかるところにあります。高速道路、有料道路なんてものは存在せずひたすら一般道を通って行きます。上にも書きましたが、イタコの方々が居ます。観光目的とかではなくご年配の方々がずっとイタコとしていらっしゃいます。青森まで来て更に行くとなると好奇心、気合だけでは足りないと思いますが、興味があればぜび言ってみてください。温泉もあります。

カローラ山荘
青森県に位置するカローラ山荘とはもともと精神病患者達の隔離施設であり、今では廃墟となって心霊マニアや廃墟マニアの中では有名なスポットして存在している。その理由は患者達への暴行虐待が繰り返され、命尽きた者達の遺体は近くの森に埋められたそうで、夜になるとそれらの霊が近くを彷徨うという噂があるためだ。
ちなみにカローラという名前の由来はインドの加楼羅からきているらしく、カドゥーラ山荘とも呼ばれている。宗教的な絡みがあるという噂も。
そのためかカローラ山荘の周りにはいくつかの石像が立っており、お釈迦様や鬼のような形相の像、首なし地蔵など多数の宗教と関わりのありそうなものが混在している。
中には上半身が人間で下半身が獣の姿の神話にでてくるような怪物の像もある。
これらは患者の手によって作られたというが…。
窓には鉄格子だけでなく、木の板も打ちつけられておりとても不気味な建物だ。
近くには小さな教会や井戸などもある。
宗教的な匂いも感じられ暗い時だと恐怖に陥ること間違いなし。

私は行ったことはありませんが、紹介、解説サイトを見まわっていると不気味さが伝わってくるものばかりでした、倒れている仏壇、紙や写真が散らばっている廃墟。若干興味がありますが、行くのはためらいます。

まだ暑さが続くかわかりませんが、興味があれは心霊スポットにいってみるのはいかがでしょうか。

参考文献
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%81%90%E5%B1%B1
http://ghostmap.net/spotdetail.php?spotcd=223

興味を持たれた方はお気軽にお問い合わせください。

温泉の名所青森

青森でインターン中の根本です。

今回はぎりぎりまでネタが思いつかなかったので上手くまとめられていないと思いますがご容赦ください。

今回は青森の温泉について書いていこうと思います。
青森と温泉で結びつく人はどれくらい居るでしょうか?自分は青森に来るまで結びつきませんでした。

青森で有名な温泉は酸ヶ湯温泉と浅虫温泉の2つがあります。
この2つについてまとめてみました。

酸ヶ湯温泉
八甲田山中の一軒宿で登山帰りに立ち寄る登山客も多いが、豊富な湯量と各種効能から温泉目的の宿泊客がシーズン期には多数訪れることもあり、宿の規模は大きい。またその効能から湯治客も多く、一般客向け以外に湯治用宿泊棟が設けられている。
名物は「千人風呂」。総ヒバ造りの体育館のような巨大な建物で、大きな浴槽2つ(「熱の湯」、「四分六分の湯」)と打たせ湯(湯滝)がある。「熱の湯」と「四分六分の湯」は隣同士であるが泉源が異なる。また名前から受ける印象と実際の湯の温度が異なっている。「熱の湯」は源泉の湯をそのまま使っているが、ややぬるめ(名前の由来は、熱の湯の方が体の芯から温まるから、あるいは源泉の湯をそのまま使っているから)。一方、「四分六分の湯」は源泉の湯に水を混ぜているが、もともとの源泉の湯が高温であるため、熱の湯より高温である(名前の由来は「熱の湯にくらべて体の芯から温まらないから」あるいは「湯と水の混合比による」とされている)。

今年のGWに酸ヶ湯温泉に行った時は雪が降ってて登山客の姿もみられました。温泉に入った感想はにごり湯で浸かると身体が全く見えませんでした。30分ぐらい浸かってからあがる頃にはすっかり温まっていてあがった後もしばらく温まったままで普段お風呂や他の温泉からあがったときよりもかなり長い時間熱が身体に残ったままでした。

酸ヶ湯温泉は、その卓越した効能と豊富な温泉の湧出量、広大な収容施設、清純な環境、交通の便、低廉な料金等が認められ、昭和29年に数ある全国温泉のモデルケースとして「国民保養温泉地第1号」の指定を受けました。

ちなみに酸ヶ湯温泉は混浴です。

浅虫温泉
浅虫温泉駅を中心に、大型ホテルや旅館などの宿泊施設約40軒が営業している。大型ホテルが並ぶ通りの裏手の海辺には浅虫ヨットハーバーと海水浴場のサンセットビーチあさむしがある。
共同浴場は浅虫温泉駅裏手の「松の湯」と、国道4号沿いの道の駅浅虫温泉内の「ゆーさ浅虫」の2軒がある。後者は「はだか湯」という名称の展望浴場で、これはかつて温泉街にあった共同浴場の名称を引き継いだもの。至近に浅虫水族館や東北大学臨海実験所がある。

浅虫には温泉がいっぱいあり、浅虫の道の駅にも温泉があるくらいです。夏は花火大会があり、仲の良い友達と浴衣を着て見に行ったのは個人的な思い出です。(笑)
海が近くおいしい魚介料理を提供しているお店も多くあるのでセットで来る方も多いです。「マグロ 浅虫」で検索するとすごい量のマグロ丼の画像が出てきます。

最後に青森には温泉があると覚えていただければ幸いです。

参考文献
http://www.sukayu.jp/history/index.html
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%B5%85%E8%99%AB%E6%B8%A9%E6%B3%89

興味を持たれた方はお気軽にお問い合わせください。

ラーメン激戦区青森!

青森でインターン中の根本です。

青森のラーメン文化について

青森は全国的に有名ではないが、なかなかのラーメン激戦区である。しかし、東京とは全く様式が違い、豚骨醤油ベースで太いストレート麺のいわゆる家系ラーメンや、創作系の個性豊かなラーメンはあまりお目にかかることはできない。

では、一体青森ではどのようなラーメンが台頭しているのか。
煮干しベースの醤油ラーメン。「焼干しラーメン」である。

ではなぜこのような焼干しラーメンが青森で人気なのか。理由はとても簡単なものだ。それは青森県民の口に合っているからというのが大きな理由であろう。
そもそも焼干しとは、イワシを干して煮干しにした後に焼く工程を入れることにより、香ばしさを足して風味豊かにしたものを指す。これは、周りを山々に囲まれて、ミネラル分を多く含んだ水が流入する陸奥湾があるからこそ、焼き干に向いている味わい深いイワシが取れる環境があるからこそである。

上質な焼き干しを作るためには、イワシの鮮度が命である。なので、上がってすぐに焼き干へと加工される。しかも、イワシは一つ一つが小さいということと、均一に焼くために機械は使えないということで、とても高価なものである。なので、県外に輸出するととても多くコストがかかってしまう。これが県外であまり広がらない原因であろう。
スープの味は焼き干しの味がとても効いており、煮干し特有の「苦味」「酸味」「臭み」は残したままとなっている。店によっては若者向けに、野菜などの出汁を用いて緩和しているという店もあるが、基本の味はこれである。

そして脂は控えめでとてもさっぱりしている反面、スープはとても塩辛い。県外から来た人間に食べさせたらおそらくつけ麺の汁と間違ってしまうくらいの濃度なのだ。
これは、青森の保存食文化が関係している。青森は長い冬を耐え抜くために、保存食の文化がとても発達している。「しょっぱ口」と言ってお漬物に醤油をかける人がいるくらいだ。塩辛い漬物になれている保存食文化ということもあり、ラーメンだけではなく全体的に料理は塩辛い傾向にある。

麺は細くちぢれているのが昔ながらの青森のラーメンである。
これはとにかく早くゆであがるのが特徴で、博多ラーメンのようにストレート麺ではないうえ、火の通りにムラができてしまうため「バリカタ」などには向いていないが、ものすごく縮れていることもあり、食べごたえとしては十分である。今では縮れ麺以外にも太麺も人気が出てきているが、これもなかなか食べごたえがあり、筆舌しがたいものがある。
このように青森は他方とは全く異なるラーメン文化を辿っている異色の県である。これで少しでも興味がわいたら、青森を訪れる際に食べてみてほしい。おそらく、家に帰って一息つく頃にはまた食べたいと思ってしまうであろう。

次回までにネタは考えてきます。

興味を持たれた方はお気軽にお問い合わせください。

夏が短く冬が長い青森!

夜行バスで来て夜行バスで帰るインターン生の根本です。

私は現在住んでいる青森について書かせていただきます。
青森(特に青森市)を簡単に説明させていただきますと夏は8月2日〜7日の6日間しかなく、冬はひたすら長いです。そして味が濃いのが大好きで引きこもりです。平均寿命はワースト1位で短命県と言われています。同じく寒くてリンゴの名産地である長野とは大違いです(笑)

今回は短い夏と長い冬について書かせていただきたいと思います。
この8月2日〜7日と言うのはねぶた祭の開催日です。

img_2723-2

ねぶた祭りとは写真のようなねぶたが夜の待ちを動きまわり、はやしと呼ばれる方々の演奏に合わせて「らっせらーらっせらー」と発狂しながらひたすら飛び跳ねるお祭りです。
この発狂しながら跳びはねる人を跳人と言い、祭中は酒を呑む→発狂しながら跳ねる→のどが渇いたら酒を呑む→発狂しながら跳ねるをひたすら繰り返します。
次の日、全身筋肉痛と二日酔いになりますが、祭中はとても楽しく次の日どうなろうと後悔は無いです。
青森市民の夏はこのねぶた期間に凝縮されねぶたとともに始まり、ねぶたとともに終わるわけです。

短い夏の話もしましたし次は長い冬のお話です。
青森の冬は11月に突然やってきます。突然降ってきます。そう雪が。
初雪に対する感想は人それぞれだと思いますが、私が思うのは「今年も除雪の日々が始まるのか」という感じで全くテンションが上りません。
降る時は11月にも関わらず一晩で50cmも積もったりします。この時、タイヤをスタットレスタイヤに変えていなければ死を意味します。
スタットレスタイヤにしても油断していると半回転して後ろの車と顔合わせるということも起きたりします。(実体験)

img_1534-1

この写真は1月末の青森の様子です。2mほどの雪の壁が両サイドに連なっています。2日ほど除雪が入らないと雪がつもり通るのが困難になったりします。
起きたら車が雪に埋まり姿が見えないとか、埋まって車が動かないとか……
埋まっていたら掘り起こさないとなにも行動に移せないので1時間単位で行動時間が早くなったりします。

1458508_1497394133883681_2639744323074637711_n-1

この写真はアルバイト先に止めていた自分の車なのですが、朝に来て6時間止めていたらこうなっていました。
アルバイトが終わっても掘り起こさないと帰れない。そんなことがあります。
雪は4月になっても降ることがあります。油断は禁物です。まだ冬は終わりきっていないのです。
5月になりGWになるとやっと雪がなくなり春になります。

夏は6日で終わるのに冬は半年弱もあるという青森でした。

次回は青森のラーメンについて書いていこうと思います。

興味を持たれた方はお気軽にお問い合わせください。