携帯機編Part3+?

こんにちは。インターン生の堀米彬宏です。

最終回である今日は、携帯機Part3、2010年代初頭から中盤についてお話していこうと思います。

2010年代初頭から中盤の主流機となる3DSやPS Vitaは、カメラによるARや、
コミュニケーション・ソーシャルを意識した機能が多数盛り込まれました。
2013年にはGPUメーカーとして知られるNVIDIAがTegra/Android搭載のNVIDIA SHIELD Portableを発売しました。
新参Androidゲーム機はこの年のトレンドといえますが、
同機はPCをサーバとするゲームストリーミングクライアントでもあり、
新たなストリーミングサーバ技術とともに発表され、注目を集めました。
スマートフォン/タブレットといったスマートデバイス用OSにゲームを意識した機能が盛り込まれました。
2008年にアップルのiPhone OS(現・iOS)のSDKが公開されて以降、
iPod touch/iPhone/iPadといったiOS用のApp StoreやGoogleのGoogle Playが提供されます。
これまで家庭用ゲーム機向けに展開されてきたシリーズが提供されたり連携も図られました。

これで携帯機は終了です。もちろんこれで終わりではありません。
現在はいわゆるVRが流行っています。名前、聞いたことぐらいはありますよね?
VRとは、仮想現実といって、 コンピュータでつくられた三次元空間を視覚その他の感覚を通じ疑似体験できるようにしたものです。
VRの他にAR(拡張現実)やMR(複合現実)といったものもあります。
これらをゲームととらえた時に総合して立体視のゲームと呼びます。
Playstation VRが皆さんの中で最も聞いたことのあるものになると思いますが、
実はもっと前からこの立体視のゲームハードがあったというのです。
そのお話を少しだけしたいと思います。
ちなみにもちろんこれが全部ではない上に、あくまで据え置きでの立体視に絞っています。

遡るは、1980年代。トミーから、立体視のできる電子ゲームが発売されていました。
(『宇宙壮絶戦車戦』、『ジョーズ』、『スペースレーザーウォー』、
『ジャングルファイター』、『コスモ・ル・マン』、『ドッグファイト』、
『シャーマンアタック』の7作品が確認されているそうです。)

任天堂からは1987年にファミコン3Dシステムが発売、
セガからはアメリカ市場においてセガ・マスターシステムでSegaScope 3-D Glassesと
複数の対応ソフトが発売されました。1994年にはアタリから『ミサイルコマンド3D』と『Wolfenstein3D』の
わずか2タイトルでしたが、Jaguar VR ヘッドセットが発売されました。

1995年7月には任天堂からスタンドタイプのバーチャルボーイが発売されましたが、
販売台数は振るいませんでした。
以上のように200x年代前半までは、いずれも散発的にリリースされたに留まります。
2006年11月に発売されたPlayStation 3は2010年4月に公開されたシステムアップデートで
3次元ディスプレイへの映像出力に対応し、
また2011年2月に任天堂から裸眼立体映像に対応した携帯型ゲーム機ニンテンドー3DSが発売されました。

といった感じです。長々とお付き合いいただきありがとうございました。
ゲームソフトの進化はこのハードがあってこそのお話であり、
一つ一つのパーツの性能の向上があってこそです。
そして年々ゲーム市場の規模自体は増えていますが、一方で携帯機のシェアは減り続けているなどの現状があります。
その中でゲーム専用ハードウェアはきっとさらに進化を続けていくことでしょう。
というか、携帯機頑張ってほしいです。個人的には手軽にゲームができる良い形だと思ってます。
スマホは容量がすぐなくなる癖にメモリーカードの増設が不可能な機種があったりします。
(できた機種に変えれたことがないです。見分け方とかないですかね…?)
そんなんですから(自分的には)やっぱり携帯機も据え置き機もやっぱり手が離せません。
ゲーム専用機の市場は怪しくなっていく一方ですが、それでもこれからどうなるのか前向きに見守っていきたいです。

ではまたどこかでお会いできる日を楽しみにしつつ、筆を置かせていただきます。
最後まで読んでいただき本当にありがとうございました。

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ゲーム機 – Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B2%E3%83%BC%E3%83%A0%E6%A9%9F

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携帯機編Part2

こんにちは。インターン生の堀米彬宏です。

第九回である今日は、携帯機Part2、1990年代中盤から2000年代末についてお話していこうと思います。

1990年代中盤から後半にかけてのハードのスペックは、
据置ハードのファミコンが発売された1980年代前半頃と同等か、やや上回る程度であり、
携帯ハードの1980年代後半から大きく向上してはいませんが、携帯性に優れた薄く小さいボディを実現しました。
液晶技術の発達により、カラー液晶を採用した機種でも、長時間の運用に耐えられるようになりました。
この頃は赤外線通信機能などを搭載し、通信機能を生かしたゲームが流行します。
ビジュアルメモリとPocketStationは、
据置機の外部記憶媒体(メモリーカード)にゲーム機能を付加するものでした。
しかし、普及には至らず、後世代機においては採用されませんでした。
メガドライブと互換性のあるセガ・ノーマッドや、
この時代にあえてモノクロで挑んだワンダースワンなどの意欲的な機種が出ていましたが、
この世代ではカラー化を果たした任天堂のゲームボーイシリーズが一人勝ち状態でした。

1990年代末から2000年代初頭では、
反射型TFT液晶や反射型FSTN液晶を採用したカラー液晶のゲーム機が主流となりました。
といっても液晶についてはわからないので、概要だけ参考サイトに載せておきます。
詳しく知りたい方は自分で調べてみてください。
スペック的には据え置きハードの1990年代前半を上回る程度の機能を搭載し、
携帯型ゲーム機における表現の幅が飛躍的に拡大しました。
前世代と同様に任天堂以外の機種は振るわない結果となってしまい、
携帯型ゲーム機において任天堂の独占状態が確立しました。
この頃から携帯電話の普及率が激増したので、それを使った携帯電話ゲームが登場し始めました。
N-GageのようにPDAや携帯電話機能を搭載したゲーム機も出始めます。
N-GageはS60を搭載し、2008年にはアプリケーション・プラットフォーム化しました。

2000年代中盤から末はDSとPSPによって二分されました。
前世代までの乾電池に代わりエネルギー密度が高いリチウムイオン電池を採用し、
明るいバックライト付き液晶となりました。据置機同様にグラフィックの3D化が進み、
ネットワークを介したデータのダウンロードやオンラインプレイが可能となりました。
DSはブルー・オーシャン戦略でライト層もターゲットに据え、
PSPはコア層を主なターゲットに据えます。
DSはネットへのハードルを下げたニンテンドーWi-Fiコネクションや、
タッチパネルの採用は携帯型ゲーム機としては史上初の出来事で、
特徴的な2画面による「Touch! Generations」のヒットによってユーザー層が広がり、
DSが教育にも取り入れられました。
PSPは大型液晶画面と光学ドライブ、高性能マイクロプロセッサを搭載しました。
PSPは日本市場においては『モンスターハンター ポータブル』シリーズに恵まれたこともあり、
任天堂のハードが一人勝ち状態であった前世代までとは違い善戦しました。

次回は最終回、携帯機Part3、2010年代初頭から中盤についてと、
プラスしてちょっと変わったゲームハードについてお話しできればなと思います。
変わったハードって何?と思うかもしれませんが、それは次回のお楽しみということで。
まぁ今じゃ珍しくはないけどね。

参考url

ゲーム機 – Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B2%E3%83%BC%E3%83%A0%E6%A9%9F

TFT液晶 – Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/TFT%E6%B6%B2%E6%99%B6

FSTN液晶とは – IT用語辞典 Weblio辞書
https://www.weblio.jp/content/FSTN%E6%B6%B2%E6%99%B6

ブルー・オーシャン戦略 – Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%96%E3%83%AB%E3%83%BC%E3%83%BB%E3%82%AA%E3%83%BC%E3%82%B7%E3%83%A3%E3%83%B3%E6%88%A6%E7%95%A5

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ソニックマニアとソニックフォースについて

こんにちは!インターン生の財部です。
今回は最近発売されたソニックマニアとソニックフォースを紹介します。
まず、ソニックマニアについてです。
ソニックマニアはiOSに独自にメガドライブのソニックとソニック2の移植を作りそれをセガへ持ち込んだ人がセガの協力で作った完全新作です。
ステージは新規のものとメガドライブ時代のリメイクで、元の作品をベースに足止めが少ないように変わっています。新規も全体的にスピードが落ちない構成になっていて面白いです。
ソニックマニアの大きな特徴としては小ネタの多さで、過去に紹介したミーンビーンマシーンやソニックファイターズなどに登場したキャラにボスが変身したりなどがあります。
個人的に難しかったのはナックルズで戦うオイルオーシャンゾーンのボスです。ナックルズはジャンプ力が低く、沈んでいく油の海から脱出するのが厳しく難しいためにクリアにはかなり時間がかかりました。

https://tiny.hatenadiary.jp/entry/2017/11/29/230513
また、このソニックマニアはソニックフォースにも繋がっていて本編の後にソニックフォースの世界にソニックマニアのソニックがソニックマニアの騒動の原因のファントムルビーと共に飛ばされてソニックフォースが始まります。
さらに、ソニックフォース後にソニックマニアの世界へソニックが戻ってきたというDLCのソニックマニアプラスのアンコールモードというものもあります。
次に、ソニックフォースを紹介します。
ソニックフォースは新たにアバターという見た目をカスタマイズできる操作キャラが初登場しました。アバターと今作のソニックとソニックマニアのソニックを操作しクリアするのがこのゲームです。
今作の特徴はアバターで、アバターはブーストを使わずに代わりにカラーパワーとウィスポンという武器を使用しながら進むキャラで、操作感覚が昔のソニックに近くて懐かしい気持ちになったりもしました。

https://www.gamespark.jp/article/2017/05/17/73374.html

個人的に残念だった点は、ステージが短いこと、シャドウとカオスがストーリー上でファントムルビーの力で登場するのに戦えないことです。
シャドウに関しては、DLCで操作するストーリーがあったから良かったのですが、宣伝でがっつりと出ていたカオスと戦うことができなかったのは残念でした。
個人的に操作できるDLCがあればそこまで不満じゃなかったりするので未だに期待していたりします。
あと、エッグマンがラスボス戦後どうなったのか分からずに消化不良なのも気になりました。だからこそ、DLCが欲しいです…
遊んでいて楽しかったステージはアバターのステージで、カラーパワーを連続で使用しながらガンガン進んでいったり、リングを使ってかなり長い間空中移動したりと新鮮な感じでした。

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携帯機編Part1

こんにちは。インターン生の堀米彬宏です。

第八回である今日は、携帯機Part1,1970年代後半から1990年代前半についてお話していこうと思います。

チャンネルFやAtari 2600が出てゲーム機がブームになり始めた1979年、
アメリカの大手玩具メーカーであるミルトン・ブラッドリー社から
史上初のカートリッジ交換式携帯型ゲーム機Microvisionがリリースされました。
MicrovisionはCPUがカートリッジ側についているなど、後のゲーム機とはずいぶん変わっている仕様でした。
LCD画面が壊れやすいなど技術的な制約のため、商業的にほとんど成功せずに終わってしまいます。
その後、ROMカートリッジをハードに差し込む形式ではなく、
1ハードにつき1ゲームという形式の電子ゲームが登場しました。
当時の電子ゲームはモノクロLCDすら搭載できず、LED表示によるものが主でしたが、
マテルが1976年に世界初の携帯型電子ゲーム機となるMattel Auto Raceをリリースして以降、
各社から続々とLEDゲームが発売され、大きなブームとなりました。

1980年代に入るとLCDが安価になり、LCDを搭載した電子ゲームがブームとなります。
代表的な製品が、任天堂が1980年に発売したゲーム&ウオッチシリーズであり、
モノクロでシンプルなゲームが多数を占めていますが、非常に普及した。
ゲーム&ウオッチの一部機種では、後に据置機の主力インターフェイスへと発展する十字キーも
先行して採用されています。任天堂、バンダイ、トミー、タイガー・エレクトロニクスと言った
大手玩具メーカーの他にも多数のメーカーがさまざまな電子ゲームをリリースし、
アーケードの移植も盛んでした。1982年、本体に太陽電池を採用し、
電池が不要な初のゲーム機であるLCD SOLARPOWERシリーズをバンダイが発売しました。
1983年、2つのディスプレイを搭載し、3D表示を可能とした初の携帯型ゲーム機である
Tomytronic 3D(トミー3D立体グラフィックゲーム)シリーズをトミーが発売します。
1984年にはエポック社から、日本初のROMカートリッジ交換型の携帯型ゲーム機である
ゲームポケコンが発売されましたが、商業的にはまたしても失敗に終わってしまいます。

1980年代後半からは、ROMカートリッジ交換型の携帯型ゲーム機が実用的なスペックを獲得し、
多彩なゲームが楽しめるようになりました。
Atari Lynx、ゲームギアのスペックは1980年代前半の据置ハードとほぼ同等で、
PCエンジンGTは1987年発売のPCエンジンと互換性がありました。
モノクロ液晶を採用したゲームボーイは、
当時としては卓越した性能と画質を持つ他機種に大きく劣っていましたが、
当時の液晶技術は未熟で消費電力も大きく、
カラー液晶機種はさらに高価でバッテリー(単三乾電池)消費も激しかったなかで、
コンパクトで長時間駆動できるゲームボーイは携帯型ゲーム機で最も人気を集めました。
ゲームギアは日本では商業的に苦戦してしまいましたが、北米ではゲームボーイに対して善戦しました。
実用的な携帯型ゲーム機の登場によって電子ゲームのブームはこの世代で終了しました。
しかし、電子ゲームは販売されつづけて一定の市場を維持しており、
時にたまごっち(バンダイ・1997年)のような大ヒットとなるものもありました。

次回は携帯機Part2、1990年代中盤から2000年代末についてお話しできればなと思います。

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ゲーム機 – Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B2%E3%83%BC%E3%83%A0%E6%A9%9F

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ソニックジェネレーションズと紹介できなかったボス戦

こんにちは、インターン生の財部です。今回は、ソニックジェネレーションズと紹介できなかったボスについて紹介します。
まず、ソニックジェネレーションズについて紹介します。ソニックジェネレーションズは3DSとPS3で発売したゲームで、ソニック20周年記念作品です。
今作では、クラシックソニックというメガドライブのデザインのソニックが登場します。
そして、ソニックアドベンチャー以降のソニックがモダンソニックという扱いです。
20周年記念作品ということで、今作では今までに発売したソニックに登場したステージがリメイクされています。
例えば、ソニックのグリーンヒルゾーンやソニックアドベンチャーのスピードハイウェイ、ソニック・ザ・ヘッジホッグ(2006)のクライシスシティなどがあります。
リメイクされたステージはact1、act2に分かれていてact1ではクラシックソニックを操作し、act2ではモダンソニックを操作する構成になっています。
今作のボス戦も20周年記念作品らしく今までに倒したメタルソニックやパーフェクトカオス、シャドウなどのボスがリメイクされています。
ボス戦には2種類あり、カオスエメラルドを入手するためのライバルバトルとカオスエメラルドを集めると解放されるストーリーを進行するためのボス戦があります。
個人的に印象に残った場面は、パーフェクトカオス戦で、ソニックアドベンチャーの最初は勢いある曲だったのに、追い詰めると暗い怖い感じの曲に変わる所でそこまで再現するのかと驚きました。
最後に、紹介できなかったソニックヒーローズ以降のボス戦について3つ紹介します。
1つ目は、ソニックヒーローズで倒すのにとても苦労したエッグエンペラーです。エッグエンペラーをまっすぐな道を追いかけながら進んで、砲台のある広場にたどり着くとようやく攻撃ができるようになります。攻撃を避けながら辿りつくのが大変で、辿りついたとしてもこちらの攻撃を盾でガードしてきて中々削れずにどうやって倒せばいいのかとても悩みました。

http://sonic.wikia.com/wiki/Egg_Emperor
2つ目は、ソニック・ザ・ヘッジホッグ(2006)のメフィレス・ザ・ダークです。メフィレスは巨大な怪物になったり、シャドウの影に潜ったりとトリッキーなボスです。追い詰めると、上の方に逃げてホーミングアタックで分身を足場にしながら追うのですが、ホーミングアタックのタイミングがシビアで大変だったのが印象に残っています。

http://sonic.sega.jp/sonic/soleanna/004/index.html
3つ目は、紹介できなかったソニックと秘密のリングのラスボスです。ソニックと秘密のリングはWiiのゲームで放置すると進むソニックをWiiリモコンをハンドルのようにして操作するゲームです。ラスボス戦では、リモコンを振って攻撃する場面があるのですがそれがとても疲れて腕が上がらなくなったのがとても思い出に残っています。

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2010年代前半から現在

こんにちは。インターン生の堀米彬宏です。

第七回である今日は、2010年代前半から現在についてお話していこうと思います。

Wii Uが2012年11月、PS4とXbox Oneが2013年11月で、
共に北米地域のホリデーシーズンに合わせて発売されました。
3機種全てで北米地域での発売が優先されていました。

2012年にはスマートフォンやタブレットの普及によりコモディティ化した
高度なモバイルハードウェア・ソフトウェア技術がゲーム機に転用され始め、
クラウドファンディングの流行を背景にOUYAやGameStickなど
新興企業の手によるAndroidゲーム機の企画・開発が相次ぎました。(ほとんど聞き及びませんでしたが…)

というかコモディティ化ってなんだ、という方へ。
簡単に言うとブランド物が一般商品化するようなものです。
ブランド物のような高級であることが一つの付加価値になっているものは他で機能、品質などがありますが、
コモディティ化が起きるとそれらの価値が薄れて、市場価格や量が消費者に選択基準になっていきます。

先で企画・開発されたAndroidゲーム機はゲーム開発自由な「オープンプラットフォーム」および
メディア在庫を持たない「デジタルディストリビューション」といった特徴は共通しているようです。
また、2013年にはValve CorporationがSteamOS/Steam Machine/Steam Controllerを発表しました。
Steam Machineは予てより構想が伝えられていたSteam Box、
すなわち同社のPCゲームプラットフォームSteamのコンシューマ市場展開を担う
家庭用ゲーム機・専用ゲーミングPCの規格です。(Xi3のPistonは非公認となりました)

Gaikai/OnLive/PlayStation Now、Microsoft AzureやAmazon Web Servicesのように
各クラウドのサービス・プラットフォームが台頭し、
NVIDIA GeForce GRIDやGクラスタ/UbitusなどはSTBにも使用されました。
(スーパーコンピューターゲーミングを目指していたシンラ・テクノロジーは解散してしまいましたが、
主要メンバーはGenvid Technologiesを立ち上げました。)

任天堂は2017年3月に、据置機としても携帯機としても遊べるハイブリッドゲーム機として
Nintendo Switchを発売。また、「ニンテンドークラシックミニ」シリーズも登場しました。

といった感じでした。ここら辺のお話に出てくるクラウド関連については正直さっぱりですね。
調べても詳しい記事が殆どないくらいに日本では出回ってなかったものが多かったのかもしれません。
OUYAとか、Gaikaiとかも、はじめて聞いたしね…

と、いうことで今回で据え置き機は終わりです。が、まだまだ続きます。
次回からは携帯機のお話をギュギュっと凝縮してお送りします。
次回は1970年代後半から1990年代前半頃までの携帯機についてお話しできればなと思います。

参考url

ゲーム機 – Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B2%E3%83%BC%E3%83%A0%E6%A9%9F

コモディティ化 | マーケティング用語集 | シナジーマーケティング株式会社…
https://www.synergy-marketing.co.jp/glossary/commoditization/

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ソニックワールドアドベンチャー、ソニックカラーズについて

こんにちは!!!インターン生の財部です。
まず、ソニックワールドアドベンチャーについて紹介します。
ソニックワールドアドベンチャーは初めて3Dでブーストができるようになった作品です。
ブーストを使うことにより、敵を弾き飛ばしながら進むことができ今までにない爽快感を得ることができます。
落下してミスになることもちょくちょくありますが、ノーミスでステージをクリアする縛りをやりながらやったほど癖になる速さでリトライしても全然飽きずに楽しめたりしました。

https://www.jp.playstation.com/software/title/bljm60112.html

他にも新システムとしてウェアホッグがあります。ソニックが今作の敵のダークガイアの影響で狼男的な姿に変わり、敵を殴ったり投げたりしながらクリアを目指すもので人によっては不評ですが私は好きです。
ただウェアホッグは落下する場所を綱渡りで進む場所が難しくて辛かったです。
印象に残ったのは2つあります。
まず、ウェアホッグでのエッグ・ドラグーンとの戦闘です。ウェアホッグは基本ダークガイアとの戦闘なので新鮮でエッグマンの反応が楽しかったのも印象に残っています。
もう一つが、ソニックのステージのオレンジルーフスです。綺麗な街並みをブーストで駆け抜けて、でかい時計を走りながら登ってレールを滑りながら急降下したりと刺激的で楽しいと思いました。

次に、Wiiで発売されたソニックカラーズについて紹介します。
ソニックカラーズは3Dで初めて、操作が全てソニックのゲームです。
新システムとしてカラーパワーがあります。このシステムのいいことは使いたいなら使ってもいいけど使わなくてもクリアできる所にあります。
強制されない構成は素晴らしいものです。
好きなステージはプラネットウィスプとアステロイドコースターです。
プラネットウィスプは音楽が静かな感じなのがとてもいいです。終盤だけあって、難易度が高めで歯ごたえがあるのも中々いいと思いました。

https://www.inside-games.jp/article/2010/10/07/44911.html
アステロイドコースターはかっこいい感じの曲と全体的に暗めな雰囲気が気に入っています。
ちなみに、今作は久しぶりにエッグマンがラスボスを務めた作品だったりもします。
ラスボス戦だと逆転すると曲が切り替わり特別なカラーパワーを使用して倒すのがとても好きです。

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2000年代中盤から末

こんにちは。インターン生の堀米彬宏です。

第六回である今日は、2000年代中盤から末についてお話していこうと思います。

WiiはWiiリモコンという体感型のコントローラを搭載し、
ハイデフィニション (HD) に対応したPS3とXbox 360もPlayStation MoveやKinectを発売しました。
いずれの機種もかつてのハードで発売されたソフトの公式エミュレータを用意し
コンテンツのダウンロード販売も行われるようになりました。
ビデオ・オン・デマンドなど海外ではXbox 360が事実上のスマートテレビともいわれました。

この年代は、ソフトメーカーにとってシェアの先行き不透明な状況が続き、
前世代以上にマルチプラットフォームが増加しました。

マルチプラットフォームとは、例えばドラクエXIがPS4や3DSで発売されたりするように、
ある一つのソフトウェアを各ハードウェア向けにそれぞれ別々に開発することです。
ゲーム機では他にクロスプラットフォームという言葉と使い分けされていて、
こちらはハードの垣根を越えてゲームなどのコンテンツを楽しむことができる連携機能の事を言います。
(例:ゴッドイーターシリーズはvita版とps4版でオンラインプレイを楽しめる)

ハード市場は、Xbox 360とPS3は売れ行きは鈍く、人気ゲームの続編・リメイク・HD対応版の発売が多くなりました。
Wiiは今までのゲーム機の常識を変え体感型として出したため、
新しくて面白さが分かりやすく普及に時間がかかりませんでしたが、
サードパーティーによるソフトのマルチプラットフォームリリースの対象から外れる事が多かった上、
後年はWii専用タイトルの数も大きく減少しました。
結果的にXbox 360やPS3のラインナップが充実していく中、逆にWiiは新作ソフトが不足するようになり、
後継機であるWii Uの登場を前にしてソフトがほとんど発売されないという状況に陥りました。

日本の新世代株式会社が2005年にWiiより早く体感型インターフェイスの採用・発売したXaviX PORTは
ゲーム機ではなくフィットネス機器あるいは体感型玩具としての戦略を取りましたが、
システムとしては紛れもなくカセット交換型のゲーム機であり、
ゲーム機向けのフィットネス系ゲームである『Wii Fit』と特に競合しています。(というか完全にパkうわやめ)
また、南米やアジアなどの新興国ではネットワーク対応や体感型などを盛り込みながらも安価で低性能なゲーム機が
盛んにリリースされていて、ブラジルで長らくセガの代理店として活動していたTectoy社が2009年に独自にリリースした
ドリームキャストの後継機Zeeboや、中国におけるセガの代理店であるAtGamesがリリースしたZONE、
およびそのバリエーションであるSEGA Reactorが代表的な製品です。
先進国ではハードから撤退したセガは新興国ではTectoyやAtGamesなどを介してハード事業を継続していて、
Tectoyからはメガドライブのモデルチェンジ版であるメガドライブ4も2009年発売されました。

次回は、2010年代前半から後半にかけてお話ししていこうと思います。

参考url
ゲーム機 – Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B2%E3%83%BC%E3%83%A0%E6%A9%9F

クロスプラットフォーム – Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AF%E3%83%AD%E3%82%B9%E3%83%97%E3%83%A9%E3%83%83%E3%83%88%E3%83%95%E3%82%A9%E3%83%BC%E3%83%A0

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GBAとDSのソニックについて

こんにちは、インターン生の財部です。今回は、GBAとDSのソニックについて紹介します。
まず、紹介するのがGBAのソニックアドバンスシリーズです。特に印象に残っている2と3を紹介していきたいと思います
アドバンス2は基本的にはいつものソニックなのですが、ジャンプ台でジャンプした時に十字キーとRボタンを入力することでトリックアクションが出せたり、一定以上加速するとブースト状態になりスピードが落ちにくくなって最高速を維持しやすくなったりします。
このゲームではスペシャルステージに入るために7個のアイテムを集めないといけなく入れたとしてもカオスエメラルドをゲットするのはかなり難しいので完全にクリアできなかったのが残念でした。
アドバンス3は2人のキャラでタッグを組むゲームで、5人のキャラを組み合わせることでアクションが変化します。
カオスエメラルドは前作に比べると条件がゆるくなっててなんとかクリアできました。クリアできた時は本当に嬉しかったのが今でも思い出せます。
また、真のラスボス戦ではエッグマンとソニックのタッグで戦うことになるのが中々なくて面白いと思います。

https://i.ytimg.com/vi/-rHd7zjHAIY/hqdefault.jpg
次に、紹介するのがDSのソニックラッシュです。
ブレイズやエッグマンネガというパラレルワールドからやってきた新キャラも登場します。
今作から、ソニックにブーストというアクションが追加されててこれがかなり凄いと思っています。ブーストは攻撃しながら加速するもので走っていても敵に邪魔されずに走れる画期的なアクションだと思います。後に3Dのソニックに採用されたのも納得のアクションです。
ところで、ソニックラッシュは音楽も独特でいつもと違う雰囲気だったりします。作曲してる人がジェットセットラジオの長沼英樹さんなのもあるかもしれません。
印象に残っているのはカオスエメラルドを初めて自力で集めて挑んだラスボス戦です。無茶苦茶強くどうやって倒せばいいのか分からずに苦戦したのが印象に残っています。
クリアした時にはクタクタでしたがとても満足してたのを今でも覚えています。
最後に紹介するのが、ソニックラッシュアドベンチャーです。
海を移動してアクションステージに入る感じで移動がミニゲームになっているのですがそれが面白いと思いました。
音楽もステージも南国ぽい感じにガラッと変わっていて、前作と雰囲気が良くも悪くも変わっているのも印象に残っています。

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1990年代末から2000年代初頭

こんにちは。インターン生の堀米彬宏です。

第五回である今日は、1990年代末から2000年代初頭についてお話していこうと思います。

3Dグラフィックスの表現力が格段に上がり、
インターネットとの通信や5.1chサウンドにも限定的に対応し始めました。
メディアはDVD、もしくはDVDの技術を応用した独自規格のディスクが主流となっていきます。
この年代を最後にセガはハード販売から撤退し、入れ替わる形でマイクロソフトのXboxが参入します。
Xboxは日本国外市場において成功を収めてPS2に次ぐシェアを獲得しました、
しかし何故か日本では非常に不振でした。
何故なのか…と思う方は不人気、理由と調べると色々な記事が出ると思うのでそちらそ参考にしてください。
今回は触れません。
逆にNINTENDO64の後継機のGCは日本で一定の支持を得ましたが、日本国外では前ハードほどの人気を獲得できませんでした。

大手メーカーではゲームの大作主義・シリーズ物重視がより一層進み開発費の高騰が進みました。
大手メーカーやサードパーティーの統廃合も進行し、据置きゲーム市場は厳しい転換期を迎えます。
開発費の高騰に対しては、開発者側では従来から行われてきた開発ライブラリの整備だけでなく、
ゲームエンジンを利用した開発などの対策がとられました。
ハードウェア面ではGCのようにボトルネックを排除し扱いやすさを意識した設計を採用したり、
ドリームキャストとXboxのようにWindowsをOSに採用し
パソコンとほぼ同様の開発手法が使えることをアピールするゲーム機が現れました。
欧米ではパソコンや複数のゲーム機にタイトルを供給するマルチプラットフォーム作品が増え、当たり前になっていきました。

この年代はパソコンにおけるブロードバンドの普及期に当たり、
ネット対応が不十分な家庭用ゲーム機に先行して、パソコン用のオンラインゲームが充実しました。
中国や韓国などアジアの新興国においても自国製ゲームの普及が見られ始めますが、
据置型ゲームは多大な開発コストなどの参入障壁が大きかったことや、
アジア諸国における海賊版の横行のためコンテンツ販売では利益を得にくかったなどの理由から
課金制のパソコンオンラインゲームが開発の主流となっていき、これらの国の作品が海外に輸出されるのも多く見られ始めました。

余談というか自分が調べたり聞いたりした話の感想とまとめですが、
この時期はアーケードが家庭用機に性能、人気共に抜かされた時代という印象が自分は強い印象です。
しかし、意外に調べるとアーケードも格ゲーや3Dゲーで頑張るカプコンやセガ等の話がたくさん見られます。
対して家庭用機も現在でもよく聞くタイトルが並び始めるようになります。
例:真・三国無双、エースコンバット、アトリエシリーズ、アーマードコア、ペルソナ、DOA、グランツーリスモ
マリオパーティ、スマブラ、ぼくのなつやすみ、どうぶつの森、絶体絶命都市、キングダムハーツ等々
しかし、格ゲーや3Dブームに乗れなかった会社は次々と倒産し、2000年を区切りに格ゲーも売れなくなってしまっていたようです。
代わりに音ゲーやレースゲーム等、通信による戦績の管理や、遠くの人たちと対戦出来るゲームが流行りだしました。
自分はこの頃最もゲームに触れていた時期だとおもっています。通信によるゲームや顔を合わせてできるゲームが混在していた時期なので
顔を合わせて遊ぶ楽しみや通信で離れた人と遊べる興奮を今でも覚えています。調べていてすごく懐かしい気持ちになりました。

次回は、2000年代中盤から末にかけてお話ししていこうと思います。

参考url
ゲーム機 – Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B2%E3%83%BC%E3%83%A0%E6%A9%9F

ゲーム年表・歴史
http://www.geocities.jp/arcadon765/history.html

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