基本的なルール!!?

こんにちは。インターン生の今です。
今回も前回に引き続き、バレーボールについてお話しいて行きたいと思います(`・ω・´)b

※1
●勝敗について
バレーボールの試合は3セットまたは5セットで行われます。3セットの場合は2セット、5セットの場合は3セットを先取すれば勝利となります。1セットは2点差をつけて、25ポイントを先取すればそのセットを取ることができます。24-24でポイントが並んだ場合はジュースとなり、その後2点差がつくまで続行します。
●ラリーポイント制
1999年までは、試合はサイドアウト制で行われていて、サーブ権のあるチームがラリーを制した場合にのみ得点が入る仕組みだったのですが、現在はラリーポイント制が導入され、サーブ側・レシーブ側ともにラリーに勝てば得点が入るようになっています。
●サーブ権
サーブ側のチームがポイントした場合、引き続きサーブを打ちます。レシーブ側のチームがポイントした場合、サーブ権の移動となります。
●タイムアウト
1セットの内、1チーム2回までタイムアウトを取ることができます。1回のタイムアウトは30秒で監督が選手にアドバイスや戦略などを伝えることができます。
●ボールアウト
ボールがネットについているアンテナに触れたり、外側を通るとボールアウトとなります。またボールがサイドラインやエンドラインを超えるとボールアウトとなりますが、ボールがラインに触れたボールはインボールとなります。

何だかずらずらと分かりにくいですね..。このほかにも様々なルールがあります。
こんなに沢山覚えられない(ヾノ・ω・`)ムリムリ 何て方も多いと思います。

そんな時とりあえず、ボールを落としたら点をとられ、25点で負け!! とだけ覚えるとだいぶ楽になりませんか?(・ω・´●)

そんな軽い気持ちで一度試合を見てみるともっと楽しめると思いますよ!!(`・ω・´)b

参考 ※1 http://www.svbgd.com/t_rulesiai.html 様より

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第2回 野球の原点(2)

こんにちは。インターン生の鈴木です。
前回に続いて野球の起源について書いていきたいと思います。
前回は「ラ・シュール」と言うスポーツが「ラウンダーズ」と呼ばれるスポーツになるところまで書きました。

ラウンダーズは町民が集会所に集まり町の行政について話し合う「タウン・ミーティング」が開かれたときによく行われたことから「タウン・ボール」と呼ばれた時期がありました。
この時期には既に、投手が打者にボールを投げ打者が打ち返す、フィールドに適当に散らばった野手がその打球をキャッチしそれを打者走者にぶつければ打者はアウトになる、4つの塁があり走者がこれを全て回ってホームに帰ってくれば得点が認められる、
など現在の野球に似通った部分が多く見られるようになります。又、選手の中からベテラン選手が選手兼任で監督も行ったそうです。野球監督がユニフォームを着るのはその名残だそうです。

1840年代にニューヨーク・マンハッタンでボランティア消防団を創設したアレクサンダー・カートライトという男がいました。彼は団員の結束を強めさらに彼らの運動不足を解消するために、団員と「タウン・ボール」をする事にしました。
しかし、タウンボールはルールが厳格に定めらていないため、時や場合によってルールをいちいち変える必要がありました。彼はこの煩わしさを解消するため統一ルールの策定に乗り出しました。彼は団員と議論し、意見をまとめました。
1845年、団員たちの元に彼が、自身がまとめた新しいゲームの案を披露しに来ました。

さて、今回はここまでです。本日も長い時間読んでいただきありがとうございました。

参考元:ウィキぺディア/野球の歴史より

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剣道の技について

こんにちは、インターン生の加幡です。今回は剣道の技について書いていこうと思います。

剣道の技は基本の技が4つあります
一つ目は面です。面とは頭を攻撃するということです。素振りの時は基本面を意識して振ったりしています。
二つ目は小手です。小手とは腕を攻撃することです。小手は相手が面を打ってくるときに使ったりします。
三つ目は胴です。胴とはお腹を攻撃することです。胴を打つには相手がお腹を見せるタイミングではないと使えないので例えば相手が面を打とうとして振りかぶった時に胴を使ったりします。
四つ目は突きです。突きとは相手ののどを攻撃することです。突きは他の3つの技とは違い高校生にならないと公式戦などで使用できないのです。突きはとても危険な技なので中学などでは禁止されているのです。

次に技の応用を話したいと思います。
上の4つの技を組み合わせた技やフェイントなどを組み込ませた技などが存在します。その中のいくつかを紹介します。
まずは払い面です。どういうものかと言うと名前の通り相手が構えている竹刀を自分の竹刀で払います。そうすると相手の竹刀が構えている位置からずれて隙が生まれます。
そこを勢いよく飛び込んで面を打つというものです。ただし相手の構えが固いとすぐに竹刀を戻されてしまって突きを食らってしまったりすることがあります。
次に紹介するのは担ぎ面です。普通面を打つときは真っ直ぐ振り上げて真っ直ぐ相手の面を狙いに行くというものですが、担ぎ面というのは竹刀を肩に担いで一瞬相手を動揺させてから
面をうつという技です。しかし担ぎ面はフェイント技なので多用していると相手もさすがに騙せなくなってしまいます。さらに担ぎ面では一本取るのも難しい技ですなぜかというと
審判の一本の判断基準が高いからです。そのため担ぎ面が使えるのは中学生か高校生がたまに使うぐらいです。
最後に紹介する技は面返し胴です。面返し胴とは相手が面を打ってくるときに右前にでて竹刀で面を受け流しそのまま腕を使って竹刀を回転させて胴を打ちに行くというものです。
こえれも担ぎ面同様に相手の不意を突く技なので何度も使用していると相手が警戒してしまいます。

本日は長い時間読んでいただき、ありがとうございました。

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バレーボールとは!!?

こんにちは。インターン生の今 秋誠です。
今日から中学生の頃県の大会に出場するほど熱中していたバレーボールについて、お話(?)していきたいと思います。

これを読んで少しでもバレーボールに興味を持ってくださると嬉しいですね〔´∇`〕

早速ですが!!
※1
そもそもバレーボールとは、1895年、アメリカのYMCAでW.G.モーガンという人が、バレーボールを発明しました。当時のアメリカではインドアスポーツと して、バスケットボールが大流行していたのですが、
(1)接触プ レーが多いため怪我をしやすい
(2)中高年や女性には運動量が多 すぎる。
という理由で、誰でも気軽に楽しめるスポーツ種目が必要だということになり、必然に迫られて、W.G.モーガンがバレーボールを考え出した。というのがバレーボールの始まりらしいです。

確かにバスケットボールは激しいですし、危険が多そうなイメージですね(笑)
当時、考えられたルールでは、バレーボールはそこまで危険ではなかったご様子。….。(ボールを手で受け止めたり、打ったりとするのに中高年や女性は大丈夫なのだろうか..??)

何年もの時間を越えてルールの改定、男女別ルールなどが適用されていき、立派なスポーツになったバレーボール。きっとモーガンさんもこんなに発展するとは思ってなかったのでは?

当時、モーガンさんが考えたように、中高年、女子及び初心者誰もがこのバレーボールを意外と簡単に出来てしまいます。(2人以上のが楽しいですが..)
基本の形を覚え2人向き合ってボール返しあうだけでも汗を流せますよ!!
おでこの上に両手で三角を作るイメージ、両腕を伸ばして三角を作る形を意識するだけで簡単にボールを飛ばせるのでお勧めです。
(痛いと思われがちですが実際そこまで痛くないんです。本当ですうそじゃないです。)

※ただし、突き指、足を捻る、なんて日常茶飯事ですから、準備運動は忘れずに..(><)

次回はこのバレーボールをもっと楽しんでいただくために..
簡単なルールの覚え方等独自の考えを混ぜ込みつつ、紹介していきたいと思います(`・ω・´)シャキーン

参考サイト※1
http://www.volleyball.gr.jp/vhtr.htm
様より。

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第1回 野球の原点(1)

はじめまして。インターンシップでお世話になります、鈴木です。
インターンシップの期間中、国民的スポーツである野球について書いていきたいと思います。
最初は野球というスポーツがどのようにして出来たのかを書いていきます。

スポーツとしての起源は12世紀頃のフランスで、あらゆる球技の原型とされるスポーツであるとされる「ラ・シュール」というスポーツだと言われています。
2チームに分かれ、足や手、棒などを使い敵陣にある2本の杭の間にボールを通すゲームで、死傷者が出るほど危険であるにもかかわらず人気が非常に高かったそうです。

「ラ・シュール」がイギリスに渡ると「ストリート・フットボール」というスポーツに変わりました。ボールに牛や豚の直腸や膀胱を使い、そのボールを敵陣内にあるゴールまで運ぶゲームとなりました。
しかし、大英帝国の発展により、兵士が戦争や植民地支配へ駆り出されるようになるとボールを作るのが難しい「ストリート・フットボール」より、石に草の茎や糸を巻き付けるだけで簡単にボールが作れるスポーツが流行るようになっていきました。

簡単にボールが作れるスポーツがいくつかありますが、そのうちの一つに「ラウンダーズ」というゲームがあります。
ペッカーやフィーダーと呼ばれる投手が小石を詰めた靴下などのボールを投げ、ストライカーと呼ばれる打者がそれを船の艪などのバットで打ち返し、杭や石でできた4つのベースを回るというものです。
これらのスポーツが少しずつルールを変えながらも遊ばれていました。

さて、今回はここまでです。本日は長い時間読んでいただき、まことにありがとうございました。

参考元:ウィキぺディア/野球の歴史より

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剣道の歴史

初めまして、インターン生の加幡です。今回から剣道についてお話させていただきます。
本記事で取り上げるのは剣道の歴史についてです。

【剣道の始まり】
剣道は江戸時代中期の正徳年間に長沼国郷が面・小手を製作し、竹刀打ち込み稽古法を確立したことから始まります。
宝暦年間に中西子武が防具を鉄面、具足式に改良しました。防具の発達により袋竹刀より強固な四つ割り竹刀が作られるようになりました。
江戸時代後期から末期には、竹刀打ち中心の道場が興隆し、流派を超えて試合が行われるようになりました。
創始者千葉周作は剣術の技を六十八手に分類し、男谷信友は竹刀の全長を3尺8寸と定めたと言われています。
当時の竹刀試合は真剣を使った戦いに勝つための訓練として行なわれていて、競技を目的にはしていなかったそうです。
審判規則や競技大会はなくて、10本勝負が通例とされていました。

参照:https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%89%A3%E9%81%93#/media/File:Kendo_EM_2005_-_taiatari_2.jpg

【撃剣興行】
明治時代になり明治維新によって武士の身分が廃止になり、廃刀令によって帯刀も禁じられ、剣術家は失業しました。
この困窮した剣術家を救済するために、榊原鍵吉は明治6年、撃剣興行という剣術見世物を催したそうです。
撃剣興行は物珍しさから満員御礼となり、これに刺激された2代目斎藤弥九郎や、千葉東一郎、千葉之胤、島村勇雄、渡辺楽之助など他の剣術家も争って撃剣興行を催しました。
その数は東京府内で37か所に上り、名古屋、久留米、大阪など全国各地に広まりました。
しかし、この人気は庶民の一時的な好奇心にすぎず、やがて人気は下火になっていったそうです。

【学校剣道】
学校教育に剣道を採用する議論はすでに明治16年から行われていましたが、指導が難しく有害であるとして見送られていたそうです。
剣道家の衆議院議員星野仙蔵、小沢愛次郎らの請願運動によって、明治40年に衆議院で可決され、明治44年に剣道が中等学校正科の体操の一部として実施されるようになりました。

【感想】
剣道の歴史を調べてみて剣道は最初は競技としてではなく真剣での戦の練習だということを知り驚きました。しかも剣道は見世物だった時期があったとは知りませんでした。
また防具も今のとは違い歴史が進むごとに変わっていくことが分かりました。歴史を調べると自分の知らないことが分かってとても面白いです。

本日は長い時間読んでいただき、ありがとうございました。

引用:https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%89%A3%E9%81%93

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